2009年05月08日

「ヴィサカブーチャ(仏誕節)」に寄せて



5月8日は、タイの祝日で、
<ヴィサカブーチャ>いわゆる「仏誕節」であり、
お釈迦様の生誕を祝い、悟りを開いた日とされています。

本来、暦どおりであれば、今日は、当然仕事がお休みのところ、
14日に出荷する春夏物のセール品の仕上げに遅れを生じ、

従業員の皆に頼み込んで、
後日休日振り替えにすることで、
急遽、出勤してもらうことになった。

通常、8時半始業のところ、
年頭の誓いにおいて、よほどのことがない限り、
ワス個人としては、必ず7時前に出勤するようにしている。

現場監督で大番頭の大冠(大カンチャナ)さんは、
誰よりも早く、7時半ぐらいにはバイクで颯爽と登場、、、
その他の皆は、だいたい8時15分頃やってくる。


最近、突然の不幸、あるいは予期せぬ出費が嵩み、
どうにも運気が低調になってきている。

年初めに、心の支えであった祖父を亡くし、
つい先だっては、15年連れ添った!?我がトヨタカラーラも、
エンジン系統の不具合でとうとうお陀仏???

修理可能であれば、何とか最善を尽くすところではあるが、
いずれにしても32万キロは、寿命による大往生かもしれない、、、

ただ、自宅から仕事場まで30キロの道程があり、
車がないのは、不便極まりなく、死活問題にも関わる。

世間一般のニュースでは、豚インフルエンザが猛威をふるい、
経済の見通しもまだまだ先行きが不透明で、
依然、ブレーキを踏みながら同時に恐々アクセルを踏んでいる。

スカス、従業員ひとりひとりの顔が本当に微笑ましくて明るい。
ワスの緊張し沈んで曇った心根をどこか弛ましてくれる。
ついつい萎えメゲソウな気持ちに活を与えてくれる。


<20人ばかりの従業員の皆が何より、心の財産だ。>


過去を振り返ってクヨクヨしても仕方がないし、
未来を色眼鏡で見て、妙に悩んで取り越し苦労をすることもない。
今、現在、この瞬間に出来ることを精一杯やっていこう・・・

昨夜半、雷鳴を伴うとんでもない土砂降りがチェンマイを襲った。
今朝は、カラッと晴れ上がり、
またいつものようにとんでもない暑い一日が始まるのであろう。

「ヴィサカブーチャ(仏誕節)」

従業員の皆は、出勤前に、すでに地元のお寺で、
タンブン(お布施)を済ませてきているようだ。

家内安全・商売繁盛・事業成功・社運隆盛・
千客万来・金運招福・健康長寿・災難厄除・・・嗚呼



<今日の日の趣旨にそぐわないかもしれないけれど、、、
ワスも、後で、チョックラ、、、
願かけタンブンお参りにいってこよう・・・>

2008年12月13日

5日間のニマンヘミン祭を終えて・・・

12月5日より9日まで、
チェンマイのニマンヘミン通りにて、都合5日間に亘り、
ニマンヘミン祭が挙行されました、、、


まさに直前まで、PADによるバンコクの空港占拠という暴挙により、
チェンマイでの本来の予定も何もかもがゴッタ返す中、
ニマンヘミン祭は、しめやかに、厳かに、賑やかに振舞われました、、、


とりわけ、、、
6日早朝より行われました11250僧!?を迎えての、
タンブンの儀は、圧巻でありました、、、


多くのお仲間の皆さんは、、、
朝の3時、4時、5時よりお集まりになり、、、
ワスは、6時半チョコット前にかみさんと共に駆けつけますと、、、

まさか、まさかの数あるお坊さんの波、渦、潮、、、
それは、大きな高まり、うねりとなって、
瞼に深く深く焼き付けられました、、、


<チョット、ゴッツイ、感動モノです・・・>


貴碧お姉さまのお店でタンブンのセット(一袋9B)を9個求め、
随時、目の前のお坊様にタンブン(お布施)しました、、、

最後の9個目を托鉢されましたのは、、、
剃り込んだ頭に護符のごとく経文を刻んでいた、
実に仰々しいお坊様でした、、、


不謹慎だとは重々承知しながら、こちらも一期一会、、、
ついつい、見惚れつつ、シャッターを切っちゃいました、、、

ご利益(りやく)があるといいのですが、、、


個人的なことになりますが、、、
この祭りの直前まで、暴飲暴食がたたり、、、
体重が2週間で、イッキに、8キロ強増となり、、、

愚かにもダイエットを試みようと画策する中で、、、
結局、ニマンヘミン祭のお姉さまのお店で、、、
毎日、出来立ての日本食を貪ることになり、、、

<嗚呼・・・お腹が苦しいほどに幸せ気分、、、>

お仲間の皆様は、事前の周到な準備に始まり、
朝から晩まで、バザーの衣服&小物販売や料理の仕込みに売り込み、、、
満身創痍、怒濤の5日間でした、、、

自分は、お恥ずかしいながら、
ひたすら、飲食担当にて、5日間全日、こちらで、、、

カレーライス、カオソイ、おでん、韓国風焼肉、コロッケ、
ヤキトリ、たこやき、焼きそば、煮しめ、アジフライ、、、etc.,,,
ステキなお料理の数々をご賞味させて頂きました、、、


さらには、帽子の類も販売させて頂きまして、
有り難いことに、期間中、けっこうの数が売れました、、、

寝たきりだった義父をランプーンの実家にてお世話して頂いて、
かみさんも、久々に外の晴れやかな空気を楽しみ、
嬉々として、終日、たこ焼き職人と化していました、、、


ワスも、後半の7日、8日、9日は、、、
仕事が終わって、夕刻6時ごろより参加させて頂きましたが、、、

他の皆さんは、それ以前より、、、
連日、遅くまで、本当にご苦労様だったと頭が下がります、、、

思い浮かぶままに、その間に、出逢い、触れました、
ステキな顔、顔、顔は、、、

貴碧お姉さまご家族&スタッフ、鎮守様ご夫妻、ニマン様ご夫妻、美鳩お姉さま、
大御所様、女神様、若旦那ご夫妻、Mプロご夫妻、直球殿ご夫妻、

あったん、哀拿姉貴、お嬢親娘、美助殿、慧夢師殿ご夫妻!?真天狼殿ご夫妻!?
ナンシー殿、ニュートラル殿、なごり雪殿、タイスキ殿、鐸真殿、&マリさん、、、



最終日、、、9日、夜の10時を廻って、、、
後片付けをしながら、ビール&ワインで乾杯をし、
皆で感動の気持ちが噴出しました満面の笑顔、、、

とびきり、ステキな時間を共有させて頂きました、、、
皆様、大変、お疲れ様でした、、、


来年以降もこの時期、観光、商用、ご滞在その他で、
チェンマイにお越しの際には、
是非、ニマンヘミン通りにお立ち寄り下さいませ、、、

<熱い息吹&血潮が燃え盛っていることでしょう!!!>


ワスも、来年こそは、食って飲んでるばかりでなく、
裏方の面も、一生懸命、お手伝いさせて頂きます・・・


合掌・・・

2007年04月11日

チェンマイ、ソンクラーン、ボチボチ水掛け、、、

今年は、チェンマイ市当局において、
特別に、4月1日から、暗に水掛けの許可があった、、、

4月に入って、どこか、遠慮がちに堀の周りで、
水掛けをやっていたけれど、
まだ、それほど盛んではなかった、、、

それが、4月も2週目に入って、、、
本格的に、水掛けが大胆に始まった、、、

サンカンペーンにある我がチェンモードの両側は、
美容院や雑貨屋さんになっているが、、、

9日、、、どこからか、大きな樽を用意し、、、
午後から、本格的に水掛けが始まった、、、

Songkran(1) 008.jpg

車での通過に対しては、、、全く問題もないが、、、
バイクで行き来している者は、たまったもんじゃない、、、

<バッシャ〜、、、>

Songkran(1) 011.jpg

真横から、水を食らったバイク連は、、、
一瞬、怯みながらも、、、

<仕方ないわな〜、、、>

と諦めムードで、ズブ濡れのまま、、、
そのまま、どこかへ去っていく、、、

Songkran(1) 015.jpg

また、次の路地の間でも、同じように、、、
真横から強烈な水のカウンターパンチを食らっている。

オフィスの目の前は、もう水浸し、、、
迂闊に外に出られなくもなってきた、、、

顔見知りでも、、、
ウンニャ、下手に馴染みがある分、
遠慮なく、、、水鉄砲やバケツの水をカッ食らうからだ、、、

会社の営業は、12日まで、、、

タイの暦に従って、13、14、15、16日と、
4日間、休みとなる、、、

他の会社などでは、それ以上、休む所もあるのでしょうが、、、
うちのスタッフにしても、これまで休みなく働いてきたので、
この4連休は、最大の骨休めにもなるだろう、、、

さてさて、ソンクラーンですが、、、
チェンマイの水掛けも、以前は、
ちょっとした風情や情緒があったかもしれない、、、

スカス、、、今は、遠慮もクソもない、、、
「水掛け仁義なき戦い」と化している、、、

この辺りから、連日、お客さんが、
日本からいらっしゃっています、、、

皆様、チェンマイのソンクラーンを、、、
どうぞご堪能下さいませ、、、

<ワスは、逃げまする!?>

2007年04月02日

「80(人)小僧合同出家式典」

4月1日、日曜日、、、

会社の事務方Dさんの息子さん(8歳)が、
1ヶ月に亘る、出家に臨むことと相成った。

出家して、修道者になると云う事は、
タイ国民において、まさに男子の本懐、、、


通常、タイ人男子は、一生に、最低一度は、
仏門に入る慣習があります、、、


ソステ、その行事式典の内容は、
決して決して、軽いものではなく、
家族、とりわけ、父母にとっては最高の誉れです。

一般男子の出家のご利益は、その本人ばかりでなく、

結婚前に出家すると母親に、
結婚後に出家すると配偶者に、


それぞれ、出家の功徳がもたらされるものと信じられています。

場所は、チェンマイ大学近くの運河沿い、、、

「ラムプゥ〜ン(グ)寺」

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<「ラムプゥ〜ン(グ)寺」入り口>

何がスゴイって、、、

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今年、プミポン国王満80歳を記念して、、、
7歳から15歳の男子が、、、80人集まり、、、

<80小僧合同出家式典>

非常に感動的で誠に壮観な眺めでございました、、、



Dさんは、まず、この子供たちが夏休みの時期、、、
息子を出家できる段取りで、かなり前から奔走していた。

さらに、いざ、その出家式典に参加できることが決まった後、

今度は、その出家の準備のため、
息子に心構えから、僧との問答のイロハを、
世話役さんを通じて教え込んでいく、、、

そのやり取りにビッチリと一週間、、、

そういう有形無形の、肉体的精神的準備期間を経て、
とうとう、この日の「80小僧合同出家式典」と成る、、、



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2007年01月14日

「希望の家」を訪問して、、、



以前、「希望の家」(のバザー)について、
触れたことがあります。

ニマンヘミンで側面からご支援されているMさん、、、
さらには、「スマイル」高木智彦著を通じて、
漠然と「希望の家」の存在を知り得ました、、、

また、そのバザーの場で、
「希望の家」に携わっている、
多くの方と知り合いにもなりました。

それ以来、決して、ただの興味本位ではなく、
まずは、その現場を訪ねてみたいと、
ずっと願っていたのです。

13日、子供の日、、、それが叶いました。

「DSC」というロングステイの会の方達が、
彼の地を訪問される日程に併せて、
ワスもお邪魔させて頂くことになりました。

前日、「希望の家」の皆のために、
心ばかりのお菓子を買い込んでいきましたが、

自分の子供たちには何にも買っていない自分が、
何とも情けなく妙な気分にもなりました。

朝10時半、ニマンヘミンのMさんのお店に集合、、、

ますます健康的に輝きが増したSさんと再会、、、
女神様、耶悉茗さんなど4人で、
計2台の車に分乗しました。

Mさんには、詳細な地図を書いて頂きました。

Mさんや「DTS」の皆様がご用意された、、、
ドライアイスで収納したアイスクリームなどを積んで、
いざ、「希望の家」に出発、、、

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2006年12月16日

「JAZZロイヤルフェスティバル」inチェンマイ




14日、15日に亘って、
あろうことか、このチェンマイにおいて、
超大物のジョイントによる熱いジャズの調べがありました。

ステージはチェンマイ大学構内,
アートミュージアムにある庭園に作られ、
チケットは一律、1500バーツとの由、、、

歴史的イベント、、、、

<そりゃあ、行きたい、、、行けるものなら、、、
行けなくても、行きたい、、、>


お恥ずかしながら、完全に金欠も金欠、ド金欠で、
それなのに、日本へいくわ、弾けるわ、、、で

修理に出している車の仕上がりも全く見えておりませんが、
それ以上に、修理代も全然、アテがありません、、、

そんな折、このジャズイベント、、、

<間違いなくお金に代えられない、
最高の空間に接する事ができる、、、
スカス、、、金がない、、、>



そんな心の葛藤と闘いながら、
14日のジャズの模様も、
見て見ぬフリをしておりました。

ただ、聴かないことにしようと思いつつ、
情報が後から、後から、入ってきます。

14日 は、パンフレットによりますと、、、

GEORGIE FAME
AHMAD JAMAL
THE DIZZY GILLESPIECALL-STAR BIG BAND
KENNY G


最後の、
ケニーGが圧巻だったと云います。

日頃、お世話になっております、
「ちゃ〜お」でも、その時の模様が、
熱く語られております。

→こちら!


さらには、チェンマイの知恵袋こと若旦那が、
14日を、ステージの外側から涙、涙で、
巨大スクリーンに見入っていたという話を聞き、

もう、見て見ぬフリができなくなり、
15日、夜のチェンマイを、
バイクを飛ばして会場まで駆けつけました。

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2006年11月07日

夫婦で11年連続ローイグラトン!



仏暦2549年(西暦2006年)、、、
11月6日、、、
ローイグラトン最終日、、、



R氏こと大御所様と、ナイトバザール内にて
新しく移ったチェンモードの出店で待ち合わせ、、、

今年の厄を水に流し、新しい年への祈りを込めて、
ご一緒にローイグラトンと相成りました。

大御所様は、チェンマイにおける、
ローイグラトンのパレードやイベントを、
精力的に歩き、眺め、激写、激写、激写!

一方、ワスはというと、会社の都合で、
花博会場の道路沿いにある掘っ立て小屋を引き払い、

新しくナイトバザール内の、
アヌサーンマーケットに出店のため、
その準備や手続き&移設でテンヤワンヤ!



アヌサーンマーケットは、
シーフードレストランが軒を揃えているので有名です。

花博期間中、広く小造りのブースが提供され、
その一角を借り受けることになりました。

loykuraton2 007.jpg

花博近くのブースより、格段に人通りが多いのですが、
時間が午後6時から11時と非常に中途半端です。

事前にコンタクトを取っておりました、、、
汗ビッショリの大御所様と、午後10時過ぎ、
チェンモードブース前にて家人と共に合流、、、


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2006年09月26日

カレン族の村、シルバー工房を訪ねて、、、



25日は、お取引先のYさんの前々からの要望で、
ランプーンのリー郡にあるカレン族の村
シルバー工房まで踏破しました。

事前のリサーチで、その村と取引している方の話では、
片道4時間かかるということであり、
地理に不案内のワスは、家人のヘルプを求めた。

家人は、いろいろ親類縁者に電話をしまくり、
だいたいの土地勘を得ると、、、
2時間ぐらいでいけるのではないかと、、、踏む。

スカス、その道程は本当に遠かった。


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2006年08月27日

「DTAC」サービス299B/月、携帯電話2台目購入!?




ワスと携帯電話の歴史はそんなに長くはない。
せいぜい、10年ぐらいの付き合いであろうか?

その間、酔っ払って、3台ばかり、
どこかにホッポリ忘れたりしましたが、、、

ここ4年間ばかりは、
同じ「NOKIA」1100 を使っています。

いわゆる掛けて受けるだけの一番簡易な機種です。

こと携帯電話に関しては、10年ほど前から、、、
一番安い機種ばかり用立ててきました。

興味深くはあり、まさに世界的傾向でもありますが、
機種の性能はますます上がってきているのに、
お値段の方はドンドン安くなってきているようです。

最初は、ただ、掛けるだけの携帯でも、
確か1万Bほどはしたような気もしますが、

次には、一気に5000Bほどになり、、、

その後は、、、
「NOKIA」の最低ランクの機種専門で利用していますが、、
機種もますます小さくなり、軽くなってきました。

それにつれて、お値段の方も、、、
4000、3500、3000、2500と下がる一方、、、

そこで、4年ぶりにもう一台、
近くのロータスのDTACショップ
前回と同じ「NOKIA」1100を求めましたところ、

何と、、、値段は新品で僅かに1500Bちょっとでした、、、

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2006年07月08日

「タイの新築式」で飲まれて飲んで!?




7月7日、日本で云うところの「七夕」は、
ここチェンマイでは、夕刻から、あいにくの雨。

しかもバケツをひっくり返したような土砂降りで、
営業で外回りをしている最中、
車のワイパーが雨の速度に間に合わない程の勢いだ。

自宅にに辿りついたのは、日も暮れた夜の7時。
家には誰もいない。
その刹那、携帯に家人からの雨にも負けない嵐の催促コール。

「あんた、何してるの、早く来なさいよ!」

同じ「クワンウイアン」住宅地にある親類の新築式だ。
しかも3軒、軒を並べて3夜連続で同時にやるので、盛大になる。

この日が最終日で、この2日間、いろいろ逃げていたが、
どうにも重い腰をあげねばならない。

雨の中、車でかけつけたが、まさに

<飛んで火に入る夏の虫>

の心境だった。

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2006年07月03日

「タイの結婚式」で飲まれて飲んで!



7月2日(日)、
朝から、親しいタイの友人Dさんの結婚式に参加しました。

以前、チェンマイにおいて、
女性用高級ファッション帽子製造業に従事していた際、
仲良くお付き合いしていたミシン踏みの女性従業員である。

今は、自分と同じように、その元の製造工場を離れ、
新しく立ち上げられた小さなアパレル関係の会社で、
昔と同じようにミシンを踏んでいる。

告白すれば、
ワスはこの度、彼女が新しく勤めている会社において、
過日、ワーキングパーミットをお世話してもらった。

メチャメチャに恩義を感じている。

<彼女の会社のために、彼女の将来のためにも、
ワス自身が頑張って市場を開拓せねばならないだろう!>


タイの結婚式もいろいろな形態はあるだろうが、
一般の大衆的な結婚式は、実に質素でありながら、
とても心のこもったあたたかいもてなしに満ちている。

日本のようにやたらお金ばかりかかる派手な結婚式と違い、
形式にとらわれることなく、自由な雰囲気で、
思い思いに人が集まり、飲み、食い、騒ぐ。

いつ誰が来て、誰が帰って行ったのか、
さっぱりわからないほどだ、、、

堅苦しい挨拶も一切抜き、、、

だからこそ、ワスのような異邦人が紛れていても、
誰も気にも留めないし、全く違和感がない。

会場は、花嫁さんの家の軒先で、
それでも軽く100人以上は集まっている。

花嫁さん
花嫁のDさん

ご祝儀なんかも実に適当で、
自分の気持ちをエアメールの封筒に入れて包みます。
→これもほのぼのとタイ式で何となく笑えますよね!

親類の子供たちを従えて、
花嫁と花婿が、各テーブルに立ち寄りながら、
エアメール封筒をいただきに回ります。

ワスもないお金をはたいて、
精一杯の気持ちを包ませて頂きました。

巡回
花嫁、花婿さんが各テーブルを巡回する!

周りのお友達の再三のリクエストに応えながら、
照れくさそうに、お約束でプチューと見せつけたりもする。

よくよく眺めてみると、
前の会社の同僚たちが多数出席している、、、

<ウウウー、ワー、、、恥ずかしい、、、>

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2006年05月12日

仏誕節「ワンウィサーカブチャー」とドイステープ参り



<1117バーツ。それで全部。
しかもそのうちの57バーツは小銭でした。>


別に奇を狙ったわけではない。これが現実である。

そっくりそのまま、
オーヘンリー、「賢者の贈り物」の出だしのシーンが甦る。

{1ドル87セント。 それで全部。
しかもそのうちの60セントは小銭でした。 }


「賢者の贈り物」は、クリスマスイブの夜を描いているのに対し、

ワスの場合は、<仏誕節>すなわち、
「ワンウィサーカブチャー」の朝に直面している。

仏誕節=ウィサーカ・ブーチャー

は、タイ人にとって、重要な仏事の日である。

通常、旧暦6月の満月の日と制定されているので、
月の満ち欠け具合から、毎年、その暦が変わる。

今年は、5月12日

仏誕節は、文字通り、釈迦の生誕を祝う日である。
同時に、大悟(悟りを開く)、入滅の日とされる。

在家者が近所の寺院に赴き、仏・法・僧に帰依するために、
ウィアン・ティアン(蝋燭を持って本道を3度巡回)を行う。

また、仏誕節の前日は、

<種耕節>「ワンプートモンコン」

と呼ばれ、雨季の始まる陰暦6月 を意味する。

ここチェンマイではこの種耕節夜半から仏誕節にかけて、
チェンマイの霊山こと<ドイステープ>で一大イベントがある。

ドイステープチェンマイっ子の誇りの名物スポットだ。
その頂上から見渡す風景は絶景で、心が洗われる。

タイミングと運がよければ、遠くチェンマイ空港から、
飛行機の離着陸がまるで動く玩具の絵のようなパノラマだ。

最近ブログ上で、親しく交流しているfreedomさんが、
旅行者の視点で、ドイステープを実に魅力的に紹介されている。
freedomさんのドイステープの記事は、→こちら!

その ドイステープの一大イベント とは、

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2006年05月05日

タイ「ワンチャットラモンコン」と日本「子供の日」



5月5日は、日本では、「子供の日」

そして、ここタイでは、<Coronation Day>
すなわち、
「ワンチャットラモンコン」プミポン国王の即位記念日である。

タイにもちゃんと「子供の日」というのがある。

年が明けて、1月第2土曜日がその日である。
子供たちが思い思いにデパートや動物園に出かけたりして、
家族や親子の絆を深めたりする大切な日となる。

今年は、タイ国民の尊敬を一身(心)に集める、
<プミポン国王即位60周年>の節目の年でもある。

本年は、6月9日に、
国を挙げて盛大にお祝いの式典が催されるだろう。

タイの国民的祝日は、概ね、<仏事><王室>に関わってくる。

以下、簡略に、今年の<タイの休日>をまとめてみる。

ーーーーーーーーーーー<タイ祝休日前半>−−−−−−−−ー

1月1日 「ワンピーマイ」→<西洋暦の新年>

1月2日 <振替休日>

1月14日 「ワンデック」→<子供の日>( 1月第2土曜日 )

1月29日〜30日 →<中国正月>

2月13日 「ワンマーカブチャー」→<万仏節>
(タイ陰暦3月の満月の日)

4月6日 「ワンチャックリー」 <王朝記念日>
→現王朝の創始者プラヤー チャクリー将軍の即位記念日

4月13日〜15日 「ワンソンクラーン」→<タイの新年 旧正月>

5月1日 「ワンレンガーン 」→<メーデー>

5月5日 「ワンチャットラモンコン」→<国王即位記念日>
(現国王プミポン王が即位された日 )


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーー国民の祝日(官公庁、銀行休み)
ーーーその他の重要記念日

これ以降の休日は、、、、

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2006年04月29日

「ダムフアパーティー」は突然に!



日本は「みどりの日」で本格的なGWの到来で賑やかでしょう。

ダイエット宣言してからすでに9日。
紆余曲折はありましたが、一つの方向性は見えてきました。
(というつもりでした、、、)

すなわち、適度(けっこう無理をしてしまいますが)な運動と、
適度な食事(アルコールは厳禁)を繰り返すこと。

詰まるところは、オーソドックスな方法を遵守すれば、
ダイエットの道は開けてくる。(はずでした、、、)

ここ2、3日、断食とアルコールがぶ飲みの両極端で、
6kgの幅でエレベーター式体重上下増減に直面し、
昨日は猛省の元に、ダイエットのリセットを誓いました。

スカス、それも束の間、
突然の「ダムフアパーティー」に阻まれてしまったのです。

「ダムフア」につきましては、

ワスの一番の愛読情報誌<ちゃ〜う>の最新73号の、
気まぐれ一発コラム By B.T.

<宴のなかの孤独>の中でも、詳しく紹介されております。

(偶然ですがこのB氏は、以前自分の家の真隣に住んでおられ、
公私に亘り、大変お世話になっておりました。

いつもクスっと笑いを誘う軽妙なタッチのコラムを書かれ、
自分も毎回Bさんの記事を楽しみにしている読者の一人です。

今は、家を新築なされて、引越しされました。
Bさん、今度お邪魔させて下さいね、、、!)


「ダムフア」とは、本来、新年(タイ正月など)に、
目上の方や年配者を敬う儀式で、
タイの伝統的慣習的行事に則り、広く大衆に浸透しております。

また、それ以外にも不定期に、突然思いついたように、
何かにかこつけて、年配の功労者を祝福する儀式であったりする。

その突如降って湧いたような地元の世話役の「ダムフア」が、
昨夕、仲間内の呼びかけで執り行なわれることになりました。

ワスもクンポー(お父さん)とお呼びしているその方は、
いつも元気の塊で、自治会の役員もこなされている。

D9クンポー
クンポー、当年60歳
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2006年04月18日

ソンクラーンの余波と「マイペンライ」



チェンマイの街は、ようやく平静を取り戻したようである。

ずっとソンクラーンの事ばかり触れてきたので、
さすがに<いいや>とも思うのであるが、
もう少しお付き合いいただきたい。

今年もあちこちで、ソンクラーン絡みの事故があった。
すなわち、水掛けとアルコールに起因するものだ。

ワスも普段はチェンマイの中をバイクにて移動する。
車よりはるかに機動力があるからだ。

ソンクラーン時は、普通の運転中にも拘わらず、
思いもよらない四方八方から水が飛んでくる。

いきなり、大樽を積んだ車とすれ違い様、抜かれ様に、
バシャーとやられたときには、その衝撃は強烈だ。

また、路上で斜め前からガツンとやられたときには、
冗談抜きで、バイクが一瞬真横にぶれる。

さらには、そういった波状攻撃を避けようと、
周りのバイク自体が突然、急ブレーキをかけたり、
進行方向を変えたりするので、車両にぶつかったりする。

ソンクラーン時、目の前で、運転中のバイクが、
豪快にすっころんだりするのも、よく見かけたりもした。

とにかく、ソンクラーン中の過度の水掛けは、
本当に危険であるということを強調しておきたい。

さて、一方のアルコールがまた厄介だ。

今年も一つ、身近で実に哀しい出来事があった。

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2006年04月17日

それぞれの疾風怒涛のソンクラーンが終わる



16日夜半、チェンマイは突然の土砂降り落雷に遭遇した。

それは、あたかもタイ正月の宴のフィナーレのようだった。

今年のソンクラーンは公私共に忙しかった。
前後関係がわからないほどに日々緊迫していた。

その合間を縫って、記事の前倒しをしていて正解だった。
(そうじゃなきゃ、まとめて2日も3日分もと書けやしない。)

三日酔い五日酔い(こんな言葉はないけれど)も何のその、
とりあえず、生きて17日を、また新しい年の始まりを、
迎えられるということに喜びを感じている。(そんな大げさな)

巷では、17日も振り替え休日で、
一部の公共機関や店等もお休みのようではある。

しかし、いずれにしても、17日はワスのラッキーナンバー、
気持ちも新たに生活をやり直したい。(17の件はこちら

自分の我が儘から変則的にランプーンを行き来し、
16日は、娘の急用のためチェンマイの我が家へ舞い戻った。

娘の授業料のために突発的にお金が要りようになり、
日本円をバーツに両替するべく、ナイトバザール近辺を徘徊した。
が、さすがにどこも開いてない。

ようやく一つ、某銀行の窓口を見つけて事なきを得た。
しかし、その両替率に唖然とびっくり。

ずっと以前、1万円あたり、4000B近くまであり、
それが3700Bを下り、3500B前後を推移していたが、
この日は、何と、3166Bで、3200Bをさえ割り込む。

ものすごい損失感を拭いきれないが、選択の余地なし。
なけなしの数万円をタイバーツに両替する。

自宅に戻る途中、ターペー門とチェンマイ門の角を過ぎたが、
最後のソンクラーンを名残り惜しむかのように、
それでも、水掛け肉弾戦は佳境を極めていた。

堀1
まさに宴たけなわ

堀2
この直後、水バケツを食らい、危うくカメラが、、、

「純情きらり」の物語の続きじゃないけれど、
我が家でも何かとうまくいかないままため息ばかりついて出る。

前日、娘の受験したY中高学校から家人の携帯に電話があり、
急遽、この日、学校側からの召集令状がかかっていたのだ。


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2006年04月15日

ソンクラーン集団托鉢(小)僧四十九士


ソンクラーン2日目、集団托鉢式に参加しました。

我が、クワンウイアング住宅地では、
時節ごとに大掛かりに仏教式典が執り行なわれる。

その辺の情報網が流れるのは実に俊敏で、
知らない間に地元ならではの結束が試される。

1月1日のいわゆる本正月の朝にも、
29(人)の僧が集まり、盛大にセレモニーが行われた。

この日も朝6時から、49(人)のネーン(見習い僧)が集まり、
集団托鉢式があるという。

家人も休む暇もなく、前日より準備に勤しむ。

タイ語でいうところの
<タックバート、ソンクラーン、ネーンパークルドゥーローン>

すなわち、子供たちがこの夏休み休暇の間一時見習い僧として、
ソンクラーンのタイ正月においての托鉢式ということだ。

数字がタイにとって縁起のいい数字である、
に合わせているところに、
やはりタイ人気質を垣間見る。

それにしても、朝6時からというのに待たされました。

結局、
ズラズラと見習い僧のお小僧さんたち(失礼)が現れたのは、
しっかり7時半を過ぎておりました。

(この辺は、タイ式時間ということはわかっていても、、
どうにもカルチャーギャップとしていまだに承服できかねます。)

ネーン1
49見習い僧はなかなか壮観な眺めです
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2006年04月13日

タイ正月初日、「祠参り」、、、



いよいよ、タイ正月「ソンクラーン」の朝が来た。

結局、いろいろチェンマイ脱出を画策したが、叶わず、
とうとう心の準備もないまま、当日を迎えた次第である。

家人は、昨日来、それこそずぶ濡れになりながら、
市内の市場を徘徊し、必要な種々の供物を調達していた。

家人も御多分に洩れず、一般タイ人同様、
仏教に対する信仰心が一際篤い。

毎週、土曜日のタンブン(お布施)を欠かさず、
いつも朝早くからお坊様に供する食物を嬉々として準備する。
しかも心を込めて調理した家庭料理である。

それが、我が家の食卓に並ばないこともあり、
タンブンの供物がことさら美味しそうに見えて、
そのことを告げると、いつもしっかりと窘められ叱られる。
お坊様に献上する供物は、それこそ特別なようだ。

さて、ソンクラーン初日の朝、
家人は、忙しそうに庭先で、立ち働いていた。

本来、各タイ人家庭、店先、会社、工場、百貨店に至るまで、
タイ中のありとあらゆる建物のどこかかしこに、
<サーンプラプームジャウティー>と呼ばれる、
土地の神をを祀(まつ)る祠(ほこら)がある。

通常、目の高さほどのところに祠を設け、
屋敷内の一隅にひっそりと鎮座奉る。

あるいは、ホテルなどで見かける、やたら大きく華麗で、
装飾品を施し設置された「土地神祠」もある。

一方、それよりもうちょっと小さめで、
故人や、先祖の守護霊を祀る祠、
<サーンプーヤー>も見逃せない。

ということで、例外に洩れず、
二祠とも、うちの庭先にしっかりとございます。

2対
左がサーンプラプームジャウティー、右がサーンプーヤー
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2006年04月12日

「ラチャパット大学」合同卒業式始末記、、



4月11日は、北タイのラチャパット大学卒業式典が、
チェンマイ大学コンベンションセンターにて挙行された。


この日は朝から大変だった。

UBC(NHKを含む衛星放送)を支払いに旧市街に出ると、
お堀の周りで、すでに、お約束の水掛けが始まっている。

水掛け
堀の周りでは、皆、ずぶ濡れになっていた

マスターズが始まり、4日間に亘り、完全徹夜の影響で、
体がバラバラになってしまいそうなここ数日、
家人の問いかけにも上の空で答えていたが、
何とこの日、家人の可愛い甥っ子の大学卒業式だという。

甥っ子は、家人の7人兄弟姉妹の上から2番目の兄の息子で、
大学進学に関してもいろいろ家庭の経済的問題もあったが、
勤勉に努力に努力を重ね、ようやくこの日を迎えられた。

元々は、チェンマイ地元のテクニカルカレッジで、
(環境)工学部に1番で合格し、奨学金をもらい、
3年次にこのラチャパットの教育学部に編入できた。

この日集まったラチャパット大学の卒業生たちは、
北タイだけで少なくとも8つの学舎からの合同式典となった。

ラチャパットは国立の教育大学であるので、
それぞれの地域に密着して地方に分散している。

この日、目に付いた県をあげていくと、、、、

1.チェンマイ県
2.チェンラーイ県
3.ペチャブン県
4.ガムペーンペット県
5.ナコーンサワーン県
6.ピブンソンクラーム県
7.ウットラディット県
8.ランパーン県  
    などなど

これには、焦りました。
自分も経験しているのでよくわかるのですが、
タイの大学の卒業式は、狂気の一大イベントで、
待つ身になると、これほどの拷問を強いられることはない。

しかも、この真昼は40度を越えようかという炎天下の中、
チェンマイ大学の卒業式会場に向かいました。

この周りは、渋滞も渋滞で、
車を駐車するスペースなどありゃしない。

聞けば、地方から式典に出席される当事者のご家族たちは、
前日から敷地内周辺にに泊り込みで座り込んでいる。

我々は、午後3時ごろ、コンベンションセンターに到着したが、
そのあまりにも無法地帯と化した人の波に眩暈を覚えた。

人の山
周り中、人、人、人の山だかり

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2006年04月11日

さて、今年の「ソンクラーン」は、???



いよいよ、今年も

「ソンクラーン」

の時節がやってきました。

気の早いところだと、昨日の10日から連休の会社や店もある。
いわゆるタイの旧正月は、1月1日の本正月より重みが違う。
昨日から、待ち切れなくなった子供たちが、水掛けに興じる。

「ソンクラーン」には、いろいろ苦い思い出が去来する。

初めて、タイの「ソンクラーン」に触れたのは、
1992年、今からもう14年も前のことである。
それが、チェンマイとの初めての邂逅でもあった。

無知とは恐ろしいもので、
「ソンクラーン」とは何たるかも全然知らず、
バンコクからチェンマイに向かったのは、その前日のこと。

気まぐれに飛び乗った夜行列車
三等車120Bほどで、席の確保などできようはずもない。
冗談抜きで、自分の人生のうちであれほどの強行軍はなかった。

立錐の余地もないというより、トイレにさえ行けない。
今ではどうか知らないが、
列車の屋根にもビッチリ人の群れで溢れていた。

そんな状態で揺られ揺られて、16、7時間。
予定を大幅に遅れて、もう日差しの強いチェンマイに到着。

まだ昼前だというのに、
下からもオーブンで照り返してくるような惨い暑さ。

チェンマイ駅から、ターペー門に向かってテクテク歩きました。
何も知らずに、、、本当に無知とは恐いですね。
もう逃げも隠れもできません。

最初に、<バシャー>とやられたときはパニックになりました。
<何だよ、これー、、、???>
体勢を立て直す前に、横から後ろから前から、水掛けの嵐。

決して、自分だけではなかった。
周りの老若男女、タイ人、ファラン(西洋人)に関係なく、
それこそ、無礼講も無礼講、やられるがまま、なすがまま、、。

都合、何百発くらっただろうか、数えることすら無意味である。
カバンも衣服もパンツもグッチョリ湿り気を帯び、
ターペー門にたどり着くまで、一切乾くことがなかった。

最初は驚きとともに怒りもし、それが諦めに変わった。
何もかも受け入れられると思った瞬間から開き直れた。

全身が水浸しになりながら、それでいて心が安らぎ、
いろいろな柵(しがらみ)から解放されていく不思議な高揚感。

その後、チェンマイでは、古式マッサージや、
加えて、トレッキングツアーも体験することになる。
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