「山々の木々 日前宮の杜に春の光が溢れています、、、
そして、私たち 359名は、、、
○○中学校入学という 喜びの朝を迎えました、、、、、、、」Uちゃん、、、この文句に覚えがありますか?
これは、僕が貴女と同じ中学校に入学する際に、
入学生代表で、
僕が全校生徒の前で謳った挨拶文の冒頭です。
何故か、こんなたわいないことが、
急に思い出されてきました。
(昨日行った料理屋の名前も覚えていないくせに、、、)
<あれから、信じられないような、
そんな長い歳月が流れているんですね。>前にも云ったけど、、、
あの時の貴女は本当に可愛かった、、、
そして、誰よりも賢かった、、、
<それに僕なんかより、ずっとずっと大人だった、、、>小柄の貴女は、ショートヘアで、
瞳がクリクリと大きくて、
全校の男子生徒の羨望の的でしたよね。
そんな貴女に憧れながらも、
異性との付き合い方も口のきき方も何もわからず、
成す術もなく時間だけが過ぎていきました、、、
僕にとって、貴女が、
嘘偽りなく、幼心に、初めて異性を意識した人でした。
紛うことなき
「初恋の人」でした、、、
<貴女は卓球部、そして僕は体操部、、、>同じ体育館の室内で、
遠くから、貴女の姿を眺めているのが、
もうこれ以上ない至福の喜びでした。
そんな時、貴女の傍にいる、
ちょっと背が高くて溌剌とした女の子が目に留まりました。
貴女もよく知っている
Yさんです、、、
Yさんとは、別のクラスだったから、
一度も言葉を交わす機会もなかったけれど、
彼女も、とても綺麗で、活発で、元気が良くて、明るくて、、、
正直云うと、
Uちゃんと同じぐらい、
直感的に
Yさんにもとても心惹かれていました。
でも、だからって、どうすることもできません、、、
心の中に秘密の玉手箱を二つ隠し持っていたようなものです。
1年生の2学期でしたでしょうか、、、
突然、貴女から手紙を頂いたのは、、、!?
<もう、僕は気が狂わんばかりの喜びでした、、、>それで、
Uちゃんとたった一度だけ、
○○○城で、デート(と呼べるのかどうか?)をしましたよね、、、
たった一度だけ、、、
今、あの時のことをいくら思い出そうとしても、
モヤ〜っとした霧と霞がかかって、何も思い出せません、、、
それぐらい、自分にとっては衝撃的な出来事だったんです。
その後、ほとんど言葉を交わすことなく、
2年生に進級して、二人は別々のクラスになりました。
何とも複雑な気持ちでした、、、
そして今度は、あの
Yさんと同じクラスになったんですよね。
僕は
2年生からサッカー部に転部して、
その頃は、けっこう運動神経もよかったから、
不思議と下級生の女の子に、もてていたんですよ?!
それから、今度は当の
Yさんからもラブレターをもらって、、、
正直、本当に舞い上がってしまいました、、、
<この世で、一番大好きな人二人から、、、>ただ、どういうわけか、自分の気持ちをうまく表現できず、
2年生の間は、
Yさんのことも好きなのに、
何故か、彼女と付き合うこともできませんでした。
そして、
3学期ぐらいだったのかなあ〜、、、
大好きな貴女ときちんと、別れの挨拶もできないまま
僕が広島に転校して行かねばならなかったのは、、、
その後、
Yさんとは、僕の転校をキッカケに、
20歳になるまで、ずっと文通を続けていました、、、
自分にとって、2番目に好きになった人でした、、、
自分の態度がハッキリしなかったのが、
一番いけなかったのだけれど、
あの頃の自分は本当に純粋だったんです。
今なららわかるんです、、、あの時の自分自身の気持ちが、、、
斬れるぐらいに、痛々しいぐらいに、
どうしようもなく、ピュアだったんです。
<でも、おかしいでしょう、、、!?>貴女とほとんど話したことはなかったのに、、、
ず〜っと貴女のことは、胸を離れず、
忘れたことはありませんでした、、、
<30数年間、一度たりとも、、、>フッと突然、貴女の面影が夢の中に現れて、
哀しそうに貴女は微笑むんです、、、
夢の中に出てくる貴女は、
記憶の中の貴女と違って、、、
いつもストレートのロングヘアー
瞼を閉じれば、、、
教室で、人待ち顔で、誰かを待っている、、、
淋しそうな貴女の面影がいつも浮かびます、、、
頭のいい貴女が、
上京して、
J大学に入学したことは、
風の噂に聞きました、、、
いつも
「泣くのは嫌い、、、」と云っていた、、、
誰よりも負けず嫌いで、頑張り屋の貴女が、
本当にいとおしくて羨ましかった、、、
先に、言い訳のように、もったいぶって、、、
このブログの日記の中で、
<起<承<転のように前振りを書きましたが、、、
<結>のこのメッセージは、貴女一人に宛てた手紙です。貴女に感謝の気持ちを込めて、、、
当時書けなかった、
Yさんのことも含めて、
自分の言葉で、貴女への気持ちを綴りたかった、、、
一期一会の歌と称して、その当時流行った歌を、
いろいろと理屈っぽく引っ張り回してきましたが、、、
その方が、余計、その当時、
貴女に対する自分の置かれた感情を、
客観的に表現できるのかなとも思いました、、、
すなわち、自分の言葉ではうまく伝えられないことを、
自分が感情移入して心動かされた歌をご紹介することで、
逆に自分の切ない想いを代弁してもらえるのではないかと、、、
広島に転校して行った頃、、、
「木綿のハンカチーフ」の切ない歌詞に、メロディーに、、、
心を揺さぶられるように、貴女への想いと重なりました。
高校へ進学して、その後、上京するに至って、
浜田省吾の
「片想い」が貴女のイメージとだぶりました。
その頃、貴女のことを想って、何十枚、何百枚の詩を、
書いては消し、書いては消し、
この気持ちを何とか伝えられないものかと苦悩していたんです、、、
もし、自分に音楽の才能があれば、
それをメロディーに表現できるのですが、、、
イタズラにギターをボロンボロンとかき鳴らすだけでした。
20歳を過ぎて、文通だけで繋がっていた
Yさんとも別れ、、、
僕は夜の水商売の世界にドップリと浸り、
完全に自堕落の生活に身を持ち崩すことになります。
中原中也の詩が心の支えになっていたんですから、、、
もう、本当に暗いでしょう、、、
まさに、
「汚れちまった悲しみに、、、」です。
そんな折、
村下孝蔵さんの存在を知り、
因縁めいて、彼の音楽に心を奪われていきます。
名曲
「ゆうこ」はまさに、語呂を変えて
「U子」ですもんね、、、
そして、ほとんど奇跡的なタイミングで入社した
当時レコード会社最大手の
CBS/SONY、、、
それを境に、毎日、毎日、、、ギターの練習に没頭しました。
一日、何時間も何時間も、、、指に血が染まるまで、、、
自分の作った詞に、ギターでメロディーをつけたくて、、、
でも、残念ながら、
情けないほど、音楽の才能がなかったんですよ、、、
この1年間、ブログに日記を書き続けていく過程で、
ひどい時には、10時間近くもタイプの打ち込みをするけれど、
全然、スピードが上がらないのと同様に、、、
<自分の手先は本当に無器用なんですよ、、、>レコード会社を退社して、、、渡米、、、
アメリカシカゴではグリーンカードを取得しますが、、、
その後、紆余曲折の果て、タイに流れ着いて、
チェンマイの地で所帯を持ちました、、、
振り返れば、日本を離れて20年の月日が流れています。
そして、30数年ぶりの、、、
突然の、貴女からのメッセージ、、、
沈滞していた頭の箍が外れ、
自分の中で、何かが弾けました、、、
それから、夢見心地の中で、
貴女とのメールのやり取りをし、、、
<今、僕は心の底から平安の喜びを感じています!>今後、貴女と逢ってどうこう、、、
ということは、全く考えていません、、、
むしろ、今のあなたの存在、それこそが、
今の僕の生き甲斐になっています。
でも、メールでも書きましたように、
70歳、80歳、90歳になって、、、
もしかしたら、お互いにまた元気で、
笑顔で逢えたらいいですよね、、、
貴女は
ワインが好きだと云うから、
僕は一番好きな
日本酒で、
二人で乾杯ができたら、いいなあ〜、、、
最後に、、、そりゃあ〜恥ずかしいんだけど、、、
僕が
15歳から20歳ぐらいにかけて、
貴女のことを想って書いた詩を記して結びます。
これが、僕なりの貴女に対するケジメです、、、
どうか、僕の一世一代の歌を受け取って下さい!
この歌は、Uちゃん、、、貴女に宛てた、
「一期一会の心のラブレター」ですから!続きを読む