2011年05月01日

「嗚呼、オー・チン・チン」



一月は、逝き、、、
二月は、逃げ、、、
三月は、去り、、、
四月は、四月は、沈みました。


月が変わり、五月・・・


五月は、ごねる、、、
五月は、ごり押し、、、


何か、もう少しで、殻が破れそうな勢いで、
迷いに迷い、戸惑いに戸惑い、、、


後、もう一歩が届きそうで届かず、
微妙に気持ちが右に左に揺れながら、、、


唐突に、軽快なテンポに乗って、
昔懐かしい強烈なフレーズと旋律が脳裏をよぎった。。。
一瞬、何かに取り憑かれ、頭がおかしくなったかと思った。



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「オー・チン・チン」
里吉しげみ作詞・小林亜星作曲(1969年)


チンチン チンチンチン
チンチン チンチンチン
ヤイヤイ ヤイヤイヤイ
チンチン チンチンチン
こどもの頃の 雪の朝
白くつもった 庭に出て
ちんちんつまんで おしっこで
雪に名前を 書いたっけ
オー チンチン オー チンチン
あのチンポコよ どこ行った


チンチン チンチンチン
チンチン チンチンチン
ヤイヤイ ヤイヤイヤイ
チンチン チンチンチン
夕焼け空が 燃えていた
トンボつりした 帰り道
ちんちんつまんで おしっこで
日暮れの町に 水まいた
オー チンチン オー チンチン
あのチンポコよ どこ行った


チンチン チンチンチン
チンチン チンチンチン
ヤイヤイ ヤイヤイヤイ
チンチン チンチンチン
夏の河原の 水遊び
ちっちゃくちぢんだ ちんちんを
つまんで伸ばして ひっぱって
大きくなれと 泣いたっけ
オー チンチン オー チンチン
あのチンポコよ どこ行った


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今にして思えば、画期的な革命的な歌詞だった。
まさしく、名曲中の迷曲!?である。


何だか、これまでウダウダ、悩み苦しんでいたことが、
まるで霧が晴れるように、スッカリ、軽くなってきた。



おかげさまで、東京池袋東武百貨店の弊社チェンモードの帽子が、
GWに突入して、ガンガン、売れているらしい。



五月は、五月は、五月は、、、

嗚呼、迷ったら、、、

GO, GO, GO・・・




今月はTF改め、王珍珍・・・


嗚呼・・・

2011年03月30日

「THAI FOR JAPAN」by バード=トンチャイ

3月11日、、、

日本を襲った東北関東大震災による地震と津波の影響で、
大被害に遭遇した多くの日本に被災者に向けて、
世界中から、物質的、精神的援助があります。


こちらタイでも、日本に対して、ことのほか関心が高く、
政府レベルで、また民間レベルでも、
草の根的な援助活動が続いています。


一方で、、、
日本でもお馴染みのタイの国民的スーパースター、
バードが、日本を応援する歌を贈ってくれています。



バードの沁み入る歌声と心に響く歌詞。。。
そして、多くのタイの方々の応援メッセージ。。。


THAI FOR JAPAN








嗚呼・・・沁みます。。。

2011年03月17日

「あなたたちは一人じゃない」


3 月 11 日午後 2時過ぎ、
M 9.0 を記録する未曾有の大地震が東北地方太平洋沖で発生し、
停電や火災、津波などの被害が拡大しています。


遠くチェンマイから故国に想いを馳せる時、
いてもたってもいられない無力感と何にもできないもどかしさで、
ただただ、鬱々と時間の流れるままにまかせていました。


地震で倒壊した家屋の瓦礫の下敷きになり、大津波に呑み込まれ、
いまだ、行方不明の方の捜索も続く中、停電や氷点下の雪、
何十万人という避難生活を余儀なくされている方々を想う時、、、


どうしていいのか、胸が張り裂けそうになります。




そんな折、断酒にあたって渾身のアドバイスを頂いていた、
K同志からメールを頂戴し、一つのビデオをご紹介されました。


ある小学校の教師の方が、
子供たちに希望を伝えたいと作成されたもので、

被災で塗炭の苦しみに喘いでられる多くの方々に、
世界中からのエールが日本中にあふれるのを感じ、
大きな熱き励ましのメッセージになっています。



やさしさとぬくもりが、細胞にそのまま沁み入るように、
一瞬にして、あたたかい想いに包まれ、
そのまま涙となって昇華しました。


音楽と言葉の力・・・


何て、何て、スゴイのでしょう。

「あなたたちは一人じゃない」


Pray for Japan・・・
「日本のために祈る」



世界中から届けられた応援のメッセージが、
少しでも被災者の方々の心を温められたら、、、
と、作者の方の熱い想いが伝わってきます。







一人でも多くの方に観てもらいたいです。

2011年02月09日

「嗚呼、アッシー君 & 『口づけ』!?」


これまで、家族のために、何かをするということに、
恥ずかしながら、一番、遠いところに居たような気がします。


自由放任とするなら、聞こえはいいのですが、
逆に云えば、家族のことにほとんど無関心でいたのかもしれません。


娘、キャンディー、16歳と11ヶ月・・・


M3(=中三)ぐらいまでは、そこそこ成績はよかったものの、
M4に進級する頃から、バスケのクラブに没頭し、
成績は著しく、急降下・・・


ソステ、、、いよいよ来年は大学受験。。。


これまでも続けては、途中で何度も挫折してきたけれど、
本人の希望で、月〜金、週5日、夕刻6時から9時まで3時間。。。
受験当日まで、塾へ通うことを決意しました。


希望大学も希望学部も希望学科も本人は絞り込んでいて、
過去2年、その塾で勉強している生徒は、
その希望学部に皆合格しているようなので、後は、本人の努力次第・・・


ただ放課後は、2時間、暫く、バスケも継続してやるようで、
正直、大丈夫なの???・・・と心配しています。


ということを、まあ、大まかに家族で話し合って、
後、大変なのは、かなり自宅から遠い所なので、
午後9時を過ぎてからの娘の送り迎えをどうするか・・・


事情があって、家人はこの時間帯は都合が悪く、
折しも、ワス自身が、毎日、毎日、
娘の送り迎えをする役目になってしまいました。


冗談で、ワスの門限は夜10時などとほざいておりましたが、
これまで、ほとんどそれが守られたためしもなく、、、
帰宅は、日付けが変わってから、、、というのが通例。


スカス・・・

以降は、外でのお付き合いを極力控えて、
この1年は、娘のために、家族のために、
アッシー君を全うしようと誓いました。

<家族のことなので、
アッシー君という自虐的表現はあまり適切ではありませんが、
要は、あたりまえのこととはいえ、その覚悟の程を喚起したいです・・・>



振り返ってみれば、これまで、自由気ままにやってきて、
家族のことを全く顧みていなかったのですが、、、

娘のこの時期の真剣な想いを受け止めてあげるのが親の務めであると、
遅まきながら、そう悟ったばかりです。。。


ただ、少なくとも、毎日、毎日、30分以上は、
狭い車内で娘と接するわけで、
だいぶん、親娘のコミュニケーションも改善されることでしょう???

というわけで、時間的な制限から、
夜のお付き合いも必然的に少なくならざるを得ないでしょうし、

その結果、アルコールの摂取量も、大幅に減って、
健康的な規則正しい生活を送れるようになるでしょうか???


ワス自身もその真価を問われているような気がします。



>>>さて、図々しくYouTubeシリーズ・・・


「片想い」→「窓」と来て、、、
次は、FayRayさんの「口づけ」


すでに20数年日本を離れているので、
この間の日本の歌はほとんど無知なのですが、、、


ある大好きな信頼する方からこの歌を紹介されて、
あまりにも切なくて、いじらしくて、
胸を締め付けられるように、一発で魅了されました。


バックの風景は、2006年、9月末、、、
バンコクのスワンナプーム新国際空港が開港したばかりの、
空港の様子をスナップしたものです。



この歌の持つワス自身のイメージが、
愛する者同士の、一期一会、出逢いと別れ・・・
それが夜の空港なら、なおのこと、哀しく、いとおしいに違いありません。。。


さらに、男女の直接的関係よりも、「口づけ」という響きに、
切ないまでに、静謐で熱い情恋の炎を感じてしまいます。


「口づけは、頬に・・・」


たまらなく、心に痛いです。。。



****『口づけ』 by Fayray ***************

サヨナラ Good-by 後ろ向きで
小さく 優しく 手を振るの
君が 最後に 振り向かぬように
想い出は 少ないほうがいい

忘れないで 変わらないで 君のため歌う
泣いてなんかいられない もう本当の恋はしない
口づけは 頬に・・・

待つだけでは 救われない
赦すだけでは 満たされない
君が 最後に 望んだものは
新しい朝と あてのない自由

独りきりで いつも強がって 生きてきたから
泣いてなんかいられない もう心は開けない
口づけを 頬に・・・

忘れないで 変わらないで 君のため歌う
泣いてなんかいられない もう本当の恋はしない
口づけは 頬に・・・

泣いてなんかいられない もう本当の恋はしない
口づけは 頬に・・・

******************************









嗚呼・・・

大好きな貴女に。。。


2011年01月25日

「嗚呼、片想い!?」


前回、甘酸っぱいタイの青春映画についてご紹介しましたが、
それは、「初恋」をテーマに謳っています。


「初恋」と云う響きから、誰もが切ない想い出に去来しますが、
それは、ピュアな想いが、どうしても一方通行に偏る、
「片想い」の痛い気持ちとリンクしてくるからではないでしょうか。


人を好きになると云う気持ちは、理屈ではなく、
どうしようも抑えきれない感情の熱き迸りです。


自分自身を振り返ってみると、、、
中一時代の初恋の相手にインスパイアーされて、、、


その後、誰かを好きになると、
相手がどうしてもその初恋の人に、
限りなく雰囲気が似通っているのが不思議です。


きっと人を好きになる感情が湧き上がってくる時、
DNAか何かに、その条件の内容がインプットされ、
すでにプログラミングされているのかもしれません。

ただ、倫理的に道義的にもお叱りを受け、
誤解を招くような表現になってしまいますが、、、

どんなに年をとっても、、、
たとえ、80歳、100歳、120歳!?になっても、、、

人を好きになる、誰かに恋をする、人を好きで居続ける、、、
と云う自然なピュアな感情をずっと大事にしたいです。




我が郷土広島が生んだ、、、
ロック界のスーパースター、、、
浜田省吾さんの初期の名バラード。。。


「片想い」


もう、20年も30年も前の歌なのに、
いっこうに色褪せることなく、
時代と共にますます輝きを増してくるような気がします。


この歌を初めて聴いた時、まるで奇跡に触れたように、、、
何て繊細で、魂を透徹した切ない詞とメロディーなのだろうって、
そのまま自分自身の「初恋」とオーバーラップさせてしまいました。


おそらくは、女性の側の内面世界を包括しながら、
同時に、男性の視点としても機能し、
中性的で、聴く者の普遍的な「片想い」のイメージを静謐に醸し出します。



*** 「片想い」by浜田省吾 ***********************


あの人のことなど もう忘れたいよ
だって どんなに想いを寄せても
遠く叶わぬ恋なら

気がついた時には もう愛していた
もっと早く 「さよなら・・・」 言えたなら
こんなに辛くは なかったのに

嗚呼 せめて一度だけでも その愛しい腕の中で
「このまま 傍に居て 夜が明けるまで・・・」
と泣けたなら


嗚呼 肩寄せ歩く恋人達
すれ違う帰り道
寂しさ 風のように いやされぬ心を 弄ぶ

あの人の微笑み やさしさだけだと
知っていたのに それだけでいいはずなのに
愛を求めた 片想い 愛を求めた 片想い。。。


***********************


人を好きになることは、、、

人を愛することは・・・

人を哀すること。。。


嗚呼、、、


大好きな、

大好きな、、

大好きな、、、


貴女に・・・











平成23年1月25日
TF:廣山文美王拝、、、





2010年12月01日

「嗚呼、チェンマイの蒼い薔薇」


本当にビックリするぐらいに、時が流れて、
ただただその早さに、いつも、驚き、戸惑っています。

自分でも、全く想像だにできませんが、
チェンマイに移り住むようになって、
来年で、早20年目。。。

チェンマイに対する熱い想いは誰にも負けないつもりでいますが、
チェンマイでは、何にも考えない、何も求めない、何にも期待しない、、、

それが、チェンマイに対する、
不確かだけど、正しい接し方のように思われます。


チェンマイは、昔ながらの旧い都に擬えて、
「タイの京都」のように喩えられますが、
寧ろ、街の規模とすれば、古都奈良の趣きに近いです。


色白な美しい女性をイメージして、チェンマイ美人の形容もありますが、
チェンマイの人と姿の中に確固として存在している、
恥じらいに似た微笑みのぬくもりを感じます。

それと同時に、誰にも左右されない自由な強固の意思というべき、
個々のプライドの高さも伺い知れます。

心の痛みやつらさをオブラートにくるみ、
周りに負担を感じさせないところが、

自然な微笑みとして表れ、
強固な誇りを心の奥底に内包しているのかもしれません。



また、チェンマイに拘らず、
タイ人気質としての2つの大きなキーワードは、

<サバーイ>:「心地よい、快適な、、、」
<サヌック>:「楽しい、愉快な、、、」

でしょう。

永年培われてきた、生活の知恵ともいうべき、
タイ人の自由なおおらかさを感じます。

チェンマイは、北方の薔薇と呼ばれ、市制700年の歴史を数え、
旧い文化と伝統に則り、独特の佇まいを称えています。


ワス自身は、不思議な縁で、このチェンマイに住みつき、
彼の地で、根付き、いつしか朽ち果てるのでしょう。。。

タイは、バンコク、プーケットと流れて、
最後に行き着いたのが、このチェンマイの地。。。


チェンマイに昇る朝陽に感謝し、
チェンマイに沈む夕陽に安らぎを覚えます。


さて、前回に引き続き、
YouTubeにアップしました6曲目のタイポップスの調べ、、、

タイの国民的スーパースター、バード=トンチャイの、
<Huang Yai>の旋律に、チェンマイへの想いを馳せて、、、



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「嗚呼、チェンマイの蒼い薔薇」By タイフリーク


空の彼方 緑の大地
山河の恵みに 溢れる光

人のぬくもりが 素直に沁み入る
仏門の甍 佇まい ・・・サバーイ・・・

城壁に 朝陽が爆ぜる
薄紅の 北方の薔薇

700年の風月が 織り成した史跡
零れんばかりの 微笑に
誇りと恥じらいが シンクロしてる

孤独を癒す 飾らぬ気立て
時のしじまに 引き寄せられて

心を刻み込む 精巧な木彫り
銀細工 シルク アンティーク ・・・サヌック・・・

濠の水に 月が映える
白藍の 北方の薔薇

水掛け祭り 灯篭流し 伝統の風物詩
懐かしさが込み上げる
誰にでもやさしい いにしえの都

空想と現実の狭間に 浮かんだデジャブー
人を愛でるように チェンマイが恋しい

700年の風月が 織り成した史跡
零れんばかりの 微笑に
誇りと恥じらいが シンクロしてる

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嗚呼、、、

また、一つ、チェンマイで、
齢を重ねてしまいました・・・

嗚呼・・・


感謝の意を込めまして。。。


平成22年12月1日吉日!?
TF: 廣山文美王拝、、、







2010年11月25日

「嗚呼、ハムレット!?」




タイの歌手で一番好きなのは、と訊かれましたら、
<アッサニー&ワサン>のタイポップスの大御所ですが、


その弟分である<Sek Loso>も、
ほとんどアルバムを保有していて大好きです。


<Sek Loso>も、自らがソングライターとして、音を紡ぎながら、
時々、奇抜な行動に出て、世間を騒がせるようなところもあって、
例えてみれば、安全地帯の玉置さんのような才能の迸りです。


さて、<Sek Loso>の好きな歌は、多々あって、
以前にも、何度かご紹介したこともありますが、


性懲りもなく、此度、YouTubeにぶちあげておりますのは、
今から、6、7年ぐらい前になりますでしょうか、、、

「kheei rak chan baang mai」

という歌です。


この歌を初めて聴いた時、すぐに耳に馴染んで、
一発で惚れ込んでしまいました。

ソステ、メロディーを聴けば聴くほど、
原曲の元の歌詞とは全く別個に、
この呆けた脳裏の中に独特の幻想的な世界が映ってきました。


<Sek Loso>の歌声が、
まるで、演劇の中の独白のように感じられたのです。


それで言葉遊びをしているうちに、
タイの大学に在学中、英語の教職課程の中で、痛くシェークスピアに苦しめられ、
あろうことか、その折のハムレットの名台詞とメロディーがだぶってきました。

「ハムレット」の正式題名は、

「デンマークの王子ハムレットの悲劇」
(The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark)

であり、シェークスピアの4大悲劇戯曲の中でも、とりわけ難解です。


その中で最も、有名な名台詞、、、

To be, or not to be:「生きるべきか、死すべきか(それが問題だ・・・嗚呼・・・)」

Get thee to a nunnery:「尼寺へ行け!?・・・嗚呼・・・」

が、「kheei rak chan baang mai」の、
サビからエンディングにかかるフレーズにピタリと重なり、、、


劇場における独り芝居をしている状況を想定して、
男女の情愛の縺れを狂気を装うハムレットのイメージと掛け合わせながら、
「激情のモノローグ(独白)」という自分の言葉をあてはめました。


タイトルは非常に畏れ多いのですが、
また、よかったら、聴いて下さいませ。。。


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「嗚呼、ハムレット!?」By TF


別離の時が 不意に訪れて
君の注いだ ワインが飲み干せない

言葉の代わりに グラスを落とした
二人のシーンが 毀れる

台詞の言い回しは 追い詰められたハムレット
心の動きは 誰にもわからない

胸に刻み込んだ 溢れんばかりの想いを
どうやって 語れって云うんだ


今宵 独りで どう演じよう
泣くに泣けない 道化のフリを

本気だからこそ 口に出せない
激情のモノローグ・・・


はっきりしてくれ 出て行く前に
こんな気持ちじゃ 蛇の生殺しさ

寂寥さえ 憤りさえ
忘れようたって 割り切れやしないよ

勝手にしやがれ 侮蔑の淵
Get thee to a nunnery. 
Frailty, thy name is woman! thy name is woman!!



今宵 独りで どう幕引こう
消すに消せない 嫉妬の炎

愛 あればこそ プライドが邪魔する
激情のモノローグ・・・


はっきりしてくれ 出て行く前に
こんな気持ちじゃ 蛇の生殺しさ

寂寥さえ 憤りさえ
忘れようたって 割り切れやしないよ

勝手にしやがれ 侮蔑の淵
最後の台詞さ オフィーリア
To be, or not to be・・・


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嗚呼・・・










2010年11月03日

「嗚呼、18の雨!?」



10月も過ぎ去り、
11月に入ってしまいました。
今年も、残すところ、後、2ヶ月あまり。。。

チェンマイもここ数日、
急激に冷え込みが進んできました。
雨季が終わり、もうすぐ乾(寒)季の到来です。




最近、ネット上で、高校時代の友人と、
偶然、知り合う機会がありました。

これには、心底驚きながらも、
何とも不可思議な感情が喚起されて、
年月の移ろいの早さを、身に沁みて感じ入った次第です。


高校を卒業する18歳という年代は、、、
子供から大人への過渡期でありながら、
未熟であるくせにそれを認めるのがイヤで妙に突っ張っていたり、

将来への漠然ととした不安を心の奥底に内包しつつ、
爆発せんばかりの夢幻のエネルギーの発散場所に戸惑いながら、

己自身を制御する術を模索すべく、
日々、試行錯誤の真っ只中にいたような気がします。




さて、今から10数年前に聴いたスア=タナポンの代表曲。。。
「18フォン(18の雨)」は、
そんな若者の迸る感情が発露されたタイポップスの名曲中の名曲です。

強烈な「生命の歌」、、、
アウトローのインパクトがありました。

どうにもやり場のない現実の狭間の中で、
怒りや苦しみや葛藤に苛まれながら、、、
生きるということを問う歌です。



原曲では、タイの3つの季節に合わせて、
(暑季→)雨季→乾(寒)季になぞらえ、

18年間、生きてきたということは、
必然的に、18年の廻るめく季節を淘汰しながら、
人生の様々な体験を経て、成長していく過程を暗示します。

換言すれば、そういう季節を経て初めて、
子供が青年となり、大人への現実に至る関門でもあるわけです。



ただ、その若者の時期においては、自分自身が見えずに、
ただ、闇雲に、もがき苦しみ、
自我の目覚めに圧倒されるのが常でしょう。

原曲の詞にあるように、
「雨」や「寒さ」は、比ゆ的に、ネガティブなイメージを髣髴させ、
つらい試練の象徴にも受け止められます。

けれど、一方で、
雨があって、燦燦とした陽光の晴れ間を感じ、
寒さがあって、暑くて熱い次のステージを恋焦がれます。



このスアさんの「18フォン」の歌を初めて聴いた時、
胸を抉られるような感動と共に、
遠い昔を思い出して心に痛みさえ走りました。


そこで、またまた非常におこがましいのですが、
その「18フォン」に大いに触発されて、

まだ、20世紀だった時代に、
慰みのために、自分自身の言葉で綴った、、、


「18の雨」



蛇足ではありますが、、、

サビの部分で、原曲では<18フォン、18ナーウ>と雄叫ぶところ、
<18レイン、18ペイン・・・>(「18の雨、18の痛み・・・」)
と韻を踏んだフレーズがはまって、非常に気に入っています。。。

また、歌い出しでは、思いっきり、言葉遊びに終始して、
最初の4小節では、「ち」で終わる体言止め、、、

続く8小節は、同様に「り」で終わる体言止めで、
ちょっとアンニュイで無機質な名詞の羅列を繰り返します。

さらに、「堕天使の都」は「バンコク」、
「北方の薔薇」は「チェンマイ」をシンボライズして、
これまでの歌同様、何度も登場してくるキーワードになっています。


性懲りもなく、
YouTube にあげていますので、
また、覗いてみられて下さいませ。



******************************

「嗚呼、18の雨」 By TF


苛立ち 心の轍(わだち) 報われぬ街 夢の形
裏切り 無いもの強請り 届かぬ祈り 紺碧の杜
独りきり 行き止まり 世間の煽り 咎(とが)の蟠り

惑い 戸惑い 誘惑の影
孤独の鎖 断ち切る術もない

18 Rain 18 Pain

断絶の雨
逃げるな 振り向くな 堕天使の都




壁が塞がる 壁が 心の襞(ひだ)に見えない壁が・・・
ぶきっちょ者 利口になれず 18 生きて 土砂降りの雨
未来 未来はどこに 誰が知ろうか 心の内を・・・

病んで 悔やんで 愛惜の情
時の逆流 抗う術もない

18 Rain 18 Pain

濡れ衣の雨
怯むな 見縊るな 北方の薔薇

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嗚呼 ・・・

2010年09月02日

「嗚呼、アンダマン海の真珠!?」



<タイポップス替え歌第3弾>


(またまた、性懲りもなくプライベートな内容にて長くなりそうですので、
お暇でない方は、どうぞそのまま、スルーなされて下さいませ。)





世界中で今なお、我々の想像を絶する、
文化や宗教、民族を違えた泥沼の紛争が続いている。

それとは別に、一見平和な社会に身を置きながらも、
時に、過酷なストレスに侵され、
生きることそれ自体が、日々、闘いの連続であったりする。

ワスにとって、タイとの絡みの中で、
切っても切れない3つの縁あるエリアがある。
それは、バンコク、チェンマイ、ソステ、プーケット。。。

20年ほど前、極寒の風の街アメリカシカゴから、
ふとしたことで迷い込んだ炎熱の魔界都市!?バンコク。

それから、とんだトラブルに遭遇し、
心の痛手を癒しに訪れた南海の島プーケット。

その感傷旅行の最中、まさか彼の地プーケットに、
そのまま1年近くも滞在することになろうとは、
当時、夢にも思わなかった。

プーケットで生まれて初めてのダイビングを体験、、、
その神秘の世界にすっかり虜になり魅了され、
パトンビーチの某ダイビングショップにスカウト!?され就職。

ショップでステキなアパートとバイクを提供され、
毎日途切れなく、世界中から集まってくる観光客を案内して、
日中は近場のピーピー島などへダイビング三昧。

毎夜毎夜、ディスコやバービアに繰り出して、
夜が明けるまで、放蕩の限りを尽くす。
まさに南国のパラダイス。

毎日がもう楽しくて面白くて愉快で仕方なかった。

スカス、その一方で、もう一人の別の自分が囁きかける、、、
これは、「現実逃避なんじゃないの!?」、、、って。。。

観光客に誠心誠意、精一杯のサービスをすれば、
ビックリするぐらいのチップを頂戴し、

そのお金を一晩でキッチリ散財しては、
夜通し、正体をなくすまでビールを浴びるように飲む。

ソステ、、、突然、天罰が下る。

毎度のように二日酔い、徹夜明けで、海に潜り、
突如、そのダイビング中に、両内耳から脳天に激痛が走り、
水圧で、鼓膜が著しく損傷された。

暫く、絶対安静で、仕事も休み、
自分自身のプーケットでの愚かで怠惰な日々を振り返った。

そんなある日、、、
どこまでも続く水平線の彼方に沈む夕陽を見つめながら、
浜辺の心地良い風に身をまかせていると、、、

その刹那、どこからともなく流れてくるトランジスターラジオの調べで、
静かに洩れ聴こえるタイ歌謡の何とも哀切に満ちたメロディーに、
理由もなく、一発で、スッカリ、心を奪われてしまった。

その頃売り出し中で、若く整った顔立ちのテーが唄う、

<ヂャイナムケング>「氷の心」

という初めて聴くタイポップスだった。

人づてにその音楽のタイトルを尋ね、
屋台でそのカセットを求め、
繰り返し繰り返しその歌ばかりを聴いた。

意味はサッパリわからない。
ただ、聴けば聴くほどに、
たまらなく哀しい気持ちになってくる。



その当時、月に何度か、アメリカ海軍かどこかが、
プーケットの近場の港に横付けして、
その海兵隊の団体連が、ネジが飛んだように狂乱の宴を演じていた。

まるで、今日のこの瞬間に、
生命を削るように、いとおしむように、
飲んで、騒いで、一夜限りの女に溺れていたのだろう。

ソステ、一定の滞在期間が過ぎれば、
中東などの現実の戦場の渦中に、容赦なく、
再び、出向していくに違いない。

幸いにも、その後、ワスの耳は完全に治癒した。
それから、短期間ではあるけれど、真剣に、
自分を夢中にしてくれたダイビングに取り組んだ。

3ヶ月ほどで、プロの範疇に入るダイブマスターの資格を得た。
1年間の実務経験がないとインストラクラーの資格は取得できないので、
これを一つの区切りにして、プーケットを離れる決意をする。

プーケットに居れば居るほど、そのあまりの居心地の良さに、
自分を見失い、現実に戻れない畏怖がどこかにあったからだ。

プーケットに滞在した1年間は、
タイに住んでいながら、全くタイ語も解さず、
自分史の中で、一種のモラトリアムだったのかもしれない。

その後、バンコクに戻って、今の家人のアパートに転がり込んで、
現実に対峙しながら、初めてタイ語の勉強を始めた。

一年後、そのまま家人と結婚して、
チェンマイに移り住み、それからウソのように、
今日まで、18年の歳月が、アッという間に流れる。

今でも、プーケットで過ごした日々を考えると、
胸が熱く疼き、云われない微かな小波が立つ。

プーケットからバンコクに移ってタイ語を勉強していた当時、
タイ文字を習って、まず最初にしたことは、

あの想い出のタイポップス<チャイナムケング>の、
その歌詞の内容を紐解くことだった。

それが、その歌をカラオケなどで口ずさむほどに、
いつしかプーケットの情景がストレートにオーバーラップしては、

全く自分自身の別の物語世界が日本語になって、
その歌のメロディーの中でひとつの像を結んだのです。

プーケットは、別名、
「アンダマン海の真珠」と呼称されています。
見事なまでに、云い得て妙です。



***「アンダマン海の真珠」 By TF: タイフリーク*****

潮騒が胸を射る サンライズ 息吹の飛沫
椰子の樹と白い砂地の交わる楽園 深く瞼に焼き付けて

マリンブルーのハーモニー 過去と未来を紡ぐ凪
寄せては返す波音の子守唄 まるで天使の癒し

   サヨナラ いたいけな水平線 遠浅の海にたゆたう珊瑚礁
   闘い飽いた 束の間の逃避行に ピリオドを打つために・・・


自然の中では人なんて 渚に漂う泡のよう
風雨に晒された岩肌の潔さ 憎しみは忘却の彼方

ハイビスカスの咲き誇る丘 サンセット 実りの祈り
人を厭う愚かさに気づかせてくれた 夕闇に浮かんだまほろば

   サヨナラ いたいけな水平線 遠浅の海にたゆたう珊瑚礁
   闘い飽いた 束の間の逃避行に ピリオドを打つために・・・

   七色に表情を変える アンダマン海 静寂も情熱も真珠の輝き
   生きてることに 潤いを与えてくれた もう一度 戦場に臨む・・・

*********************************







嗚呼、、、

最後に突拍子もない言葉で結び、奇異に感じられますでしょうが、
テーが歌うこの歌のエネルギーに感応して、
自分がプーケットを離れ、別の地に動くというただそれ自体が、

海兵隊の人が、覚悟の上で、戦場にカムバックするように、
「逃げられない現実」という名の社会の戦場の中へ、
単身赴く勇気に等しかったんです。


生ある限り、偶然なのか、必然なのか、はたまた運命なのか、
人は、どこへ、流れていくのでしょうか???


(ワスは、こんな歌を歌いながら、ある意味、
自分自身が、今、この瞬間、紛うことなき、
現実逃避をしているのかもしれません・・・)

2010年08月27日

「So Long (サヨナラ)!?」



<タイポップス替え歌版2発目!?>


タイポップスの金字塔「アッサニー&ワサン」は、
今なお間違いなく、タイのミュージックシーンを牽引する、
最も素晴らしき珠玉のアーティストです。

この兄弟デュオが紡ぎだす音楽は、
タイのみならずワールドワイドのスケールで、
オリジナリティーに満ち溢れています。

さらに、どの作品も、激しくて優しくて繊細なメロディーラインの中に、
数々のヴィヴィッドなストーリーが、
これでもかこれでもかとばかりにちりばめられているのです。

ワスが初めてタイに来た20年前には、
「アッサニー&ワサン」の名声はすでに確立され、
以来、ずっとオッカケながら、時代と共に伝説と化しているのかもしれません。


この世の中の「男」と「女」・・・

「出逢い」があって、「別離」がある。


男女の恋模様は、その当事者にしかわかりあえない反面、
「得恋」の「歓び」と、「失恋」の「哀しみ」は、
生きている限り、性懲りもなく、繰り返されていく。

それは、振り返れば、、、
まるで、映画のワンシーンを観ているように、
己の心の中の奥深く深くに、埋没して刻まれていくことでしょう。

男女共に、恋をすればするほどに輝き、
その至上の愛を失うほどに、
男女の機微に通じていくのかもしれません。


そこでタイポップス界の大御所「アッサニー&ワサン」の、
初期の名曲、「ラー・ゴーン(サヨナラ)」にインスパイアーされ、

どんなに好きでも理不尽でも、
別れることがありうることのどうしようもない心の痛みを、
英語の「So Long」に重ね、言葉を捜して詞にしてみました。

人それぞれに、<サヨナラ>に対するイメージは違うけれど、
共通した心の痛みと代償は、否定できません。

恋をすれば誰でも、まるで映画の主人公みたいに、
コインの表と裏のように、「男」は「ヒーロー」であり、「女」は「ヒロイン」。
いつも近くに一緒にいながら、永久にわかり合えない・・・

それでも、生(性)ある限り、、、
男は女を求め、女は男を求めるのでしょう。


一生の中で、自分だけの「恋物語」を、
脚本し、監督して、演じて、同時に、鑑賞して、答えを探し求めていくのは、
他ならぬ、あなた(自分)自身に相違ありませんから。


****「So Long(サヨナラ)」 詞:TF*******

いつか観た映画のよう 余韻のあるラブストーリー
ヒロインとヒーローは コインの表と裏
出逢いがあって 育んで すれ違い
時は気まぐれ・・・

   終わりさ何もかも 心が揺れてるよ
   一言だけ あなたが好きだった ずっと・・・

狂おしく肌を合わせた 冷静に瞳を見た
ピアノの旋律が 過去を慈しむ
愛が重すぎて 溢れ出て 弾けた
やり直せない・・・

   終わりさ何もかも 心が泣いてるよ
   嫌いになって 別れるんじゃない 何故・・・

男と女の綻びは ミステリー
言葉で繕うには  どんな意味もない

   終わりさ何もかも 心が涸れてるよ
   ふたりの未来 別々の道を歩く So Long・・・


******************************



嗚呼・・・



平成22年8月27日吉日、、、

いつも気になって気になって仕方がない存在、、、
会長、、、お誕生日おめでとうございます!!!

どうかどうか、無茶やご無理をなされず、
くれぐれも体を労わって、ご自愛下されませ。

また、「アッサニー&ワサン」を、
共にブチかましましょうぞ!!!






<サヨナラは別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの遠い約束 >


嗚呼・・・

2010年08月24日

「嗚呼、(堕)天使の都!?」



「嗚呼、(堕)天使の都!?」

<事前にお断りしておきますが、今回、とてつもなく長い文章になりそうですので、
お時間のない方やお疲れの方には、最後まで辿り着けない場合も多々あり、
そのような場合には、ご遠慮なく、退席されて下さいませ・・・嗚呼・・・>

ワスのハンドルネームである「タイフリーク」は、
英語で、「Thai Freak」 であり、

日本語に訳せば、ゆるい感じで「タイマニア」、、、
きつい言葉だと、
「タイバカ」「タイキチ」「タイ狂」あたりになるでしょうか!?

タイ文化に関わるタイフード、タイマッサージ、タイ語に興味がある一方、
タイポップスやタイムービーにも非常に心惹かれています。

日本のアニメ、歌、映画やTV番組が、
タイの社会に広く紹介され浸透し、支持され根付いているように、
タイ人と日本人の感性は、時に非常に近いものがあって驚くことがあります。

最近では、タイの映画も日本で一般上映されたり、
タイの芸能人が日本に上陸して、
日本のメディアで紹介されることも少なくありません。

ネットの発達や普及によって、異文化の交流も容易くなり、
その境界線も非常に曖昧になってきて、
寧ろ、積極的に、混在化し同化してきている傾向にもあります。

同時に、タイへのロングステイヤーを含めて、
両国間の人の行き来も非常に活発になってきました。

そんな背景を踏まえて、タイフリークのワスとしましたら、
タイに関わりがあったり、タイに興味がある方にはもちろん、

タイをほとんど知らない方々にも、
もっとタイの良さや素晴らしさを紹介したいと常々願っています。

それが、ワスにとって身近なタイの歌や映画などであれば、
より良心的に真摯に広くアピールしやすいと期待している次第です。

タイに初めて紛れ込んだ20年ぐらい前から、
その時代時代で流行った何とも物悲しいタイソング、、、

当初は意味も何もわからないまま、ただただ聞き流し、
そのうち、気に入った歌手のカセットテープを擦り切れるまで聴き、

そうやって、ツッカエツッカエしながら、
試しに、巷のカラオケでそんな歌をタイ語でトライしながら、
いつしか初めて最初から最後まで歌えた時の純粋無垢な感動、、、

そうこうしているうちに、、、
好きなタイポップスのカラオケの持ち歌が、
一つまた一つと増えてきました。

そんな折、何だかとっても懐かしいメロディーが耳に残ってふと我に返り、
よくよく聴いてみると、、、
日本の有名な歌謡曲のタイ語バージョンだったりします。

当時、著作権などの問題はあまりうるさくなかったのか、
正式な契約の上で、日本の歌がタイで歌われていたのか、
あるいは、そのまま非合法にパクッテいたのか、定かではありませんが、

事実、日本のいろいろな歌が、まるでその歌自身が無国籍化されたみたいに、
タイの昔からの名曲として、
タイの一般大衆にも誤って認知されているのも少なくありませんでした。

そこでふと思ったのは、
逆に、ワス自身の心の琴線に触れたタイの歌を、
自分の国の言葉に置き換えて歌ったら面白いんじゃないか、、、と。

そうしたら、それまで普通にタイのカラオケで歌っていた、
そんなタイポップスの裏の情景が、
全く違った趣きに感じられてきたのです。

一時期、好きなタイポップスを、
同様のタイ語の歌詞、あるいは、あえて全く違った視点から、
日本語の詞に置き換えていくその知的ゲームに夢中になりました。


そうした作業や思考を繰り返すうちに、
ますますタイポップスにはまっていったのも事実です。


さて、あれから何年の年月が流れたでしょう、、、???

時間の経過につれて、、、、
あの夢中になってタイポップスのイメージ世界に遊んだ無邪気な情景が、
いつしか風化し退化し始めていました。

それが、また、この1ヶ月の間に、急激に、
その忘れ去られたタイポップスへの熱き情熱が復活してきたのです。

というのは、最近、YouTubeなどのネット上で、
映像や音声を、実に気軽にアップできる方法を、
チェンマイで懇意にしている真如様より直接ご教授頂きましたから。。。

試しに、やってみると、これが滅法愉快で楽しくて、
出来上がりが一つ一つの個人的なコレクションのようで感動ものであり、
最高の気分転換になりました。

そうなると、さらなるいろいろな試行錯誤の過程で、
当初より念頭にあったタイポップスを日本語の自分の詞の表現で、、、
という思惑が、ムクムクと首をもたげてきたのです。

ということで、あくまでもワス自身の個人的な好みの範疇で、
少しずつ、タイポップスの歌に、日本語の詞をつけて、
ご紹介していきたいです。

何を一発目に取り上げるか、かなり迷いましたが、

ちょうど、1年半ほど前に、拙コミュ「タイ語一(標)語一会」内で、
力説したある大好きなタイソングがありますので、
その時の内容をそのまま引用して、直接アップさせて頂きます。

以上、、、

ここまでが、膨大なる前置き!?ににて、
ここからが、本題に入っていきます???・・・
(ここからの引用文が、これまた、クソ長い、、、)

**********************************

ワスのイの一番に大好きな、
渾身のあるタイの歌をご紹介させて頂きます。

歌のタイトルは、ズバリ、、、
「กุมภาพันธ์=グムパーパン」
「2月」の意味です、、、

同様にこれを主題歌とする映画、
「กุมภาพันธ์=グムパーパン」があります。

歌い手の名前は、 ปีเตอร์ คอร์ป ไดเรนดัล<ピーター=コー(プ)ダイレンダン>
グラミー所属でかなりのイケメンで、
寂寥感漂う、何とも切ないメロディーです、、、


この歌が世に出ましたのは、、、
確か、今から6、7年前!?
2003年ぐらいだったかと思います、、、

それ以前から、ワスは、毎回、飽きもせず、
エアポートプラザ4階にある映画館で、
タイやハリウッド映画を無条件に片っ端から観ていました、、、

とりわけ、火曜日には、プロモーションがあって、
70B!?と料金が安く、タイ人ならあまり座らない前列部を独り陣取って、
ポップコーンを頬張りながら、封切り映画に魅入っていたのです。

今では、タイの映画は随分と洗練され、
シッカリと世界の桧舞台にも通用するようになりましたが、、、

10年ぐらい前では、ピー(お化け)の映画か、
コメディーやドタバタアクションもののB級映画が主体でした。
(ワスは、そういったB級映画も無条件に大好きでしたが、、、)

そんな折、全く、前情報や先入観なく、、、
この「グムパーパン(二月)」を映画館で観ました、、、
完全に虚を衝かれました、、、

ニューヨークを舞台に、、、
タイの男女が運命的な出逢いを果たします、、、
衝撃的でした、、、

これまでのタイ映画にはない非常に斬新な映像だったからです。
ニューヨークの街並みがスタイリッシュに描かれます、、、
キーワードは、「destiny(=運命)」

記憶を失くしたヒロインとアウトローの主人公が、
まるで、運命のいたずらに導かれるように、
タイから遠く離れたニューヨークの地で二人が交錯します。

ニューヨークの何とも気だるい感傷が、、、
ふと、不朽の名作、、、
ロバート=デニーロの「タクシードライバー」を彷彿させました。

やがて、二人は運命に翻弄されながら、
心の螺旋階段を捩るように迎えた終焉、、、
まさにデスティニー。。。そして、場面が暗転・・・

そこで、このピーターの歌声が静かに流れてきました。
ワスは、その時、完全に映画の世界に埋没しながら、
冗談抜きに鳥肌が立ち、ス〜と涙が頬を伝いました、、、

意味もなく、この歌声が、詞が、メロディーが、
体中の細胞に沁み亘り、心の襞を抉られたのです、、、
涙が後から後から流れ出て止まりません、、、


何故、この映画に、これほどまでに、、、
激しく、心を揺さぶられたのか、、、
何度も、何度も、自分自身に問いかけてみました、、、

映画のワンシーン、ワンシーンが、
時に、芸術的な煌きに満ちていて、
完全にそれまでのタイ映画と趣きを異にしていたこと、、、

でも、それだけではない、、、
ニューヨークの何ともシュールな情景が、、、
ふと、自分の脳裏に去来する何かを思い出させたのです。

そう、それから遡ること、10年以上前、、、
他ならぬワス自身が、遠くアメリカシカゴから、
この雑踏の地、バンコクに初めてやってきたその時のシーンと重なったのです。

あくまでも、個人的な見解になります、、、
ニューヨークとバンコクは、全く似ても似つきませんが、、、
同時に、限りなく、同じ土壌に見え、同じ息吹を感じました。

その映画の中のニューヨークと、
ワスが初めての異国の地バンコクとが、
デジャブのように、見事なまでにシンクロしたのです。

突っ張って、突っ張って、生きてきたけれど、
心の中には、もう、取り返しがつかないぐらいの後悔と懺悔でいっぱい、、、
さらには、将来に対する漠然とした不安・・・

<この先、一体、どうなっていくんだろう???>

生活に疲弊しながら、未来への希望も何もなく、
ただただ現実逃避するように、
総てに虚無的な態度になっていました、、、

「グムパーパン」の主人公がアウトローに身を落としながら、
全くの異文化の地、ニューヨークで、地を這うように生きている、、、
それこそが、自分の姿に投影されていたのかもしれません。

デスティニー・・・

言葉でうまく説明できない焦りと安らぎ、
諦念と滂沱の境地が綯い交ぜになって、、、
無気力になっていたワスのハートに響き続けました、、、

DESTINY・・・

何か、不可思議な空間に包まれながら、、、
映画の最後の最後に静かに語りかけてくるピーターの歌声に、、、
知らず知らず、胸を締め付けられるように、涙を振り絞ったのです、、、


その後、、、後ろ髪を引かれるように、、、二度、三度と、
何かに問いかけるように、何かを確かめるように、
劇場に足を運んで、繰り返し、その「二月」の映画を観ました、、、

ますます、興味深く、ミステリアスに惹かれます、、、

またまるで煙に巻かれたように、、、
この「グムパーパン(二月)」という映画のタイトル及び、
主題歌の意味合いが、直接、何にもリンクしていないのも面白い、、、

ある種、、、「グムパーパン(二月)」という響きやその情景が、、、
それを見聞きする、それぞれの人に、
それぞれ別々な、あるいは普遍的なイメージを喚起させるのでしょう、、、

残念ながら、この映画は商業的にはあまりあたらなかったようですが、
こういう物語を製作するタイの新しき映画スタッフの心意気にも感じ、

自分自身の中では、
タイ映画の観方が根本から変わる分岐点になった記念碑的作品でもあります、、、

その後、VCDが発売されるや、さらに繰り返し観て、、、
その不思議な感動の正体を探ろうと試みましたが、、、

ただただ、わかったことは、エンディングにクレジットが流れるその刹那、、、
この哀切に満ちた「グムパーパン」のメロディーが流れると、
いつも決まって、条件反射的に涙を誘発されるのです。

ですてぃにー・・・

ワスの中では、この映画の主題歌である「グムパーパン」は、
それこそ、抗えない運命的な惹かれ方をしてなりません、、、




その後、暫くして、懇意にしているチェンマイの某情報誌の方が、
ワスと同様に映画&主題歌「グムパーパン」に感銘を受け、

当時、その主題歌の日本語訳を頼まれ、
ワスの拙い訳が誌上に載ったりしました。


その時の、ワスの拙い訳を一字一句違えることなく、
そのままの形でご紹介させて頂きます・・・

*******************************

「二月・・・」 TF訳

きっと人間の運命を操る神々の下僕(天使)の成せるわざだろう。
私とあなたを創造し、そして二人が出逢うように仕向けた。
私に人生の喜びを味わう機会を与えてくれた。
お互い二人が共有する素晴らしい人生の一時を・・・
一方で、彼らは我々二人を同様に引き離す存在でもある。

たったこれだけのわずかな時間の中で、あなたとの別れを余儀なくされる。
ずっと一緒にいたいという希望が叶わないことも知っている。
じゃあ、どうすればいいんだろう、、、成す術もない。

もしも私の人生の中であなたを失うようなことがあれば、
一体どうなるんだろう。
人生は何の意味もなく価値もなく、まるで体中の力が抜けてしまう。
耐えてきた身は打ちひしがれて、無気力と化す。
希望もなく、二度と心が晴れ晴れとすることはないだろう。

明日目が覚めて、あなたの姿を見つけられない時、
心の中で打ち震え、うわごとを繰り返すしかないだろう。

たとえどんな理由があろうとも、
お互い離れ離れにならないといけないとしたら、
どんなに哀しいかしれやしない。
死ぬほど哀しいよ・・・

*******************************


どうでしょうか、、、???
タイトルの「2月」には、全く関係ないところで、
この物語が語られていますよね、、、

何か、目に見えない、運命の(女)神に、
人それぞれの生き様をいざなわれているような、
全く不思議な感覚があります。


長々と引っ張ってきましたが、
この「グムパーパン」というタイソングは、いろいろな意味で、
ワスにとって、忘れがたき最も感銘を受けたタイの歌の一つです

その歌を聴いたずっと以前から、タイの歌にはまり、
タイの歌をそのままの言葉で咀嚼しながら、
一方で、気に入ったタイの歌を日本語訳にしたりしました。

スカス、、、それは、ある種、、、
けっこう無意味な行為だったかもしれません。

タイ語をそのまま、日本語に訳したところで、
その行間や背景に漂う本当の意味合いは、
その母国語の言葉でしか、わかりえないと思うからです。

そこで、そのメロディーから広がる情景に、
全く別の自分自身のストーリーを組み立てて、
自分の母国語である日本語で、言葉遊びをしたりしました。

そのジグソーパズルのように一つ一つの言葉を選ぶ手探りな作業は、
時にワスを夢中にさせ、タイの歌を聴くという試みに、
新たな可能性と喜びを見出したのです。

ワスのようなお馬鹿さんが延々とない知恵を絞って、
タイの歌を日本語に紡いでいくというその行為それ自体が、
苦しみでもあり、また、これ以上ない愉しみだったりします。


さて、前述しましたように、、、
この「グムパーパン」を初めて聴いたその瞬間から、、、
ワスが最初にバンコクに辿り着いた眩しいまでの開放感と、
切ないぐらいのいとおしさが、胸に沁みました、、、

この歌の中に、バンコクのイメージと重なり合った、、、
混沌とした猥雑で底知れない無限のやさしさを感じたのです、、、

さらには、物事には、すべて、二面性があります、、、
バンコクの中にある表の顔と裏の顔、
極めてわかりやすい構図かもしれません。

正と邪、静と動、陽と陰、光と影、昼と夜、喜怒哀楽、、、
総ては、コインの表と裏、背中合わせ、天国と地獄、天使と堕天使、、、

そんなことを夢想していると、この「グムパーパン」と云う歌には、
何の躊躇することなく、まるで自分の意思ではないみたいに、

自然に言葉の洪水が溢れ出て、モノの5分とかからず、、、
メロディーの中に、字面が面白いようにはまっていったのです。



17年、18年前のワスは、、、当時、まさに自暴自棄で、
糸の切れた凧のように、根無し草で風来坊でした、、、
明日への希望が全く見出せず、生きる意味さえはき違えていました。

ひょんなことから、極寒のアメリカシカゴから、、、
初めて紛れ込んだ、常夏の国タイランドは、無国籍で妖しげな街!?バンコク
その時の筆舌しがたい感動と衝撃はいまだに忘れられません、、、

バンコクという街並みは、
限りなく優しく、限りなくおっかなく、
限りなく懐が深くて、限りなく底が浅い。。。

何もかも相反する二面性が、いかほどにも矛盾することなく、
こんなワスをも、スッポリと、無条件に、
あたたかく、包み込んでくれました、、、

ワスは、タイ、、、このバンコクという街に出逢わなかったら、
一体、どうなっていたのだろう???
これこそが、言葉で説明のつかないDESTINY・・・

その想いは、瞬間と永遠の中で続いていきます、、、
反目する「瞬間」と「永遠」こそが、時に同義語になりうるのです、、、


言わずもがなの講釈を延々と垂れてきましたが、、、
洒落ということで、どうか、お赦し下さい、、、

「グムパーパン」のメロディーに乗せて、、、
ワスの初めてのバンコクへの泣きたいような熱き想い、、、
当時のワスの悲鳴に似た感動をどうかお汲みとられて下さいませ・・・





「(堕)天使の都(クルンテープ・マハーナコン)」

旅路の果て 追憶に煙る糧
出逢いと別離(わかれ)は 不思議な縁(えにし)
喜びと哀しみ いつも背中合わせで
光と影 昼と夜の顔

常夏の地 スコールの嵐
激しさと優しさを 垣間見せる
苦しみを安らぎに満ちた 微笑に変えて
緩やかな一時の戯れ

もしもあなたと逢わずにいたら
私はただの彷徨い人
耐えてきた身は 打ちひしがれて
希望のない 明日(あした)に返る

瞬間は永遠の中で 生きてきた証(あかし)
クルンテープ=マハーナコーン
躊躇いもなく 黄昏が続く 
人いきれ 甘く危険な香り
天使の都


もしもあなたと逢わずにいたら
私はただの彷徨い人
耐えてきた身は 打ちひしがれて
希望のない 明日(あした)に返る

永遠は瞬間の中で 迸る生命(いのち)
クルンテープ=マハーナコーン
言の葉もなく 魂が咽ぶ 
人心地 カタルシスの街
堕天使の都





**********************************

この歌に関しまして、あまりにも想い入れがあり過ぎながら、
ここまで長々と、ご清聴お付き合い頂きまして、
誠に真にありがとうございます、、、

嗚呼、、、

TF:タイフリーク拝、、、

2010年08月04日

ついにHIOプレート@アルパイン



2010年、5月9日、、、
超ラッキーながら、
生涯初のホールインワン達成!!

12番H(165Y)@アルパイン

ソステ、、、

先週の月曜日(7月26日頃!?)、2ヶ月半かかって、
ようやく、アルパイン殿堂入り?!のごとく、
ワスの名前でホールインワンプレートが掲げられました。

デジタルカメラを借りて、
1週間遅れで、記念撮影・・・





誠に、 感無量ダス 、、、


次の目標は、夢の80切り、、、
(自己BGは、40+40=80で、僅か、一打及ばず・・・)





>>>さて、先週、YouTube初投稿を果たして以来、

厚顔無恥ながら、まさに無聊を慰めるがごとく、
続けざまに、調子に乗って投稿して、
嗚呼!?シリーズ、早くも9作品・・・

そのうちの一つ。。。

大好きな長渕剛さんの初期の作品で、
男女の独白二部形式、短い台詞の言い回しの中に、
大人の男女の恋模様の機微が痛く色濃く刻まれる「素顔」

「素顔」、、、

1)<女性>

夜の顔を 鏡で映せば 
なんて 哀しい顔なの

強がりばかりで 素直になれない 
なんて 哀しい顔なの

こんな私の どこが好きなの 
なぜに そんなに優しいの

私がかわいそうに見えるから 
それとも 懐かしく思えたから

気まぐれだったら やめてちょうだい 
本気で好きになりそうだから

あなたの前では 綺麗でいたいし 
可愛い女でいたいの

厚化粧は嫌いでしょう でも今の私 
昔の私じゃないから・・・



2)<男性>

「私はいつも嘘をついてきたわ・・・」
おまえはいつも そう云うけれど

決してそれは 裏切りじゃないんだし 
そこまで自分を責めることもないさ

おまえの素顔が 綺麗だったからこそ 
あの時 手鏡 贈ったんだ

おまえの過去を 化粧で隠すためじゃなく 
素直な心を映せばいい

誤解しないで 聴いてほしいんだ 
俺が今まで してきたことは

時の手のひらの中でおまえに示した 
精一杯の愛だったんだ

さあ 化粧を落としたら 髪をとかして 
このまま 静かに眠ろう・・・




4年前、チェンモードのパンフレットを作成した当時のモデルさんと、
怪しくて、妖しい、黒サングラスのチョイ悪親父をバックに・・・

よろしかったら、あくまでも個人的洒落!?ということで、
笑って聴いてやって下さいませ・・・







嗚呼・・・

2010年07月27日

「YouTube」初投稿!?


先にもご紹介しましたが、
過日、パソコンの不具合の折、
全面的に公私にお世話になりました、、、

HP「チェンマイ迷宮案内」の管理人であります、
「チェンマイの必殺お助け人」真如様ことペンロイ様、、、

PCの問題で3日、4日と、
「ほかべん&PMSカラオケ」に通いつつ、、、

メッチャ安くて美味しいホカホカ弁当を連日堪能しながら、
久々に、独りカラオケを満喫。。。

新しい試みとして、真如様のスタジオで、
涙あり、絶叫あり、発狂ありで、

3日間、一日一時間ぐらいながら、
その間、50曲ばかりをノンストップで録音。。。

日頃から、カラオケについては、
愉快なお仲間の皆さんと楽しむ最高の余暇であると同時に、、、

以前は、このPMSカラオケで、
執念で100点満点を出すまで(全室制覇)、
「カラオケダイエット」なるものもご紹介していました。

あるいは、原曲からキーを最大限にあげて、
血管が切れるほどに絶叫し、
狂気と化して搾り出す凄まじい音声は、

全身全霊に汗を飛び散らせ、体重も軽減し、
100mダッシュを何本も繰り返したような
総合格闘技!?の様相を呈してきます。


さて、ここで、真如様が最近、
ご自身の歌を、ご自身の画像の編集で、
YouTubeにアップロードした由を伺いました。

その音声と映像を観て聴いて、ビックリ、、、
本職顔負けの歌声と、仕上がりの良さと、スタイリッシュさで、
一発で虜になってしまったのです。

自身の選曲と、自身の歌声と、自身の編集アレンジ、、、
これが三位一体となって、
自由な発想で、自由にイメージを表現できます。

7月末の時点で、
真如様はすでに4曲のオリジナルPVをアップされていますが、

たとえば、ワスのお気に入り、、、
奈良公園の情景をバックに、「孫」・・・こんな感じです。
歌声の素晴らしさもさることながら、とてもいい味が出ています。


*「孫」By ペンロイ様




それから、超機械音痴でオバカなワスに、、、
真如様は、その仕組みや段取りノウハウを、
懇切丁寧にご教授下さいました。


そこで、日が改まって、7月26日、、、
タイは、「アーサーンハブーチャー(三法節)」で全国的に祝日。。。

翌日より、「カオパンサー(入安居)」になり、
これより3ヶ月間は、仏事に則り、
タイでも禁酒する人が増えます。

この日、深夜になって、真如様のYouTubeの映像をお手本に、、、
試行錯誤しながら、2本のオリジナルPVを、
YouTubeに続けて初アップロードしました。


一本目は、

昔沁みに沁みていたタイガーマスクのエンディングテーマソングで、
嫌がる娘を説き伏せ、昔の可愛かった頃!?の8歳から12歳の画像をバックに、
何とも切なくて物悲しい「嗚呼、孤児のバラード」・・・

二本目は、

さらに調子に乗って、大好きなチェッカーズの「星屑のステージ」を、
チェンマイのロイカトーンの折の一大行事「コムローイあげ」をバックに、
愛する人を偲び、悼む「嗚呼、星屑のステージ」・・・



超気恥ずかしいうえに、破廉恥でオゾマシイですが、
自分自身を丸裸にされ、体中の隅々を検視されているような、
そうした不思議な自虐的な快感もあります。

素人が作ったどうしようもない駄作には違いありませんが、
その作業途上は、我を忘れて、嵌ってしまいました。

もし、よろしかったら、
覗いてみられて下さいませ。。。


拙いながらも、将来的には、いろいろな可能性や夢があり、
タイの歌を日本風にアレンジしてご紹介したり、その逆もあり、
自作の歌やタイの映画をサブタイトルをつけてピックアップしたりしたいです。

もし、こういう試みにご興味がおありの方は、
真如様のPMSカラオケのスタジオで、
真如様ご自身がお手伝いしたり、アドバイスもできますよ。

<愛する人にオリジナルの自作のCDなどを贈るのは、わけないかもしれません!?
他にも、いろいろな用途や可能性があります。。。>


ということで、、、

調子に乗って、本邦初公開・・・2本立て・・・


*「嗚呼、孤児のバラード」By TF:タイフリーク





* 「嗚呼、星屑のステージ」By TF:タイフリーク





嗚呼・・・

2010年03月07日

「まちぶせ」!?

3月1日より束の間!?の断酒を決行して、
早1週間。。。



本業の方の春夏物の帽子の日本への出荷はピークを迎え、
土日も休日もなく、連日夜の10時まで残業を繰り返し、
最後の追い込みにかかってきています。

ここにきて、生地の不具合やショートで、
納期に間に合わせるために、
その手配に東奔西走。

そのうえ、お役所仕事の杜撰さで、
引き延ばしに引き延ばされたうえに、
一ヶ月を経て、依然、電話回線が繋がっておらず、

ファックスもインターネットも機能していないで、
日本とのやり取りや連絡も、
このうえなく不便で不都合に陥っている。

また、職場の肝心要である、
経理や書類関連を一切取り仕切っているDさんの母親が亡くなり、
彼女の不在が仕事への支障をきたして混乱を極めている。


嗚呼、、、


毎日の走行距離も100キロを超え、
アチコチ、ゆうに150キロは走っている勘定になります。



精神的衰弱と肉体的疲労困憊が交錯する中で、
信号待ちのさなか、全く、唐突に、
ひとつのフレーズで、頭を覆われてしまいます、、、

自分自身がとうとう毀れちゃったのかと錯覚しました。
あまりにも突然だったので、
一瞬、狐につままれたように・・・



『・・・夕暮れの街角 覗いた喫茶店
微笑み見つめ合う 見覚えある二人・・・』


もう30年以上前に聴いて虜になった、、、
三木聖子さんの「まちぶせ」。。。


『・・・あの娘(こ)が急に何故か 綺麗になったのは
あなたとこんな風に逢ってるからなのね・・・』


どこかに封印していた想いが、
荒れ狂う津波のように溢れ返ってきます。。。


『・・・好きだったのよ あなた 胸の奥でずっと
もうすぐわたしきっと あなたを振り向かせる・・・』


サビに入る時に、知らず知らず、狭い社内の中で、
涙をボロボロ流しながら、大絶叫。。。


『・・・気のない素振りして 仲間に加わった
テーブルを挟んで あなたを熱く視た・・・』



不思議なのが、1番も含めて、2番の歌詞まで、
一字一句違えることなく、ソラで覚えている。。。


『・・・あの娘がフラレタと 噂に聞いたけど
わたしは自分から 云い寄ったりしない・・・』


ありきたりなベタな歌詞なのに
どうにもたまらなく惹きつけられしまう。。。


『・・・別の人がくれたラブレター見せたり
偶然を装い 帰り路で待つわ・・・』


もう何が何だかわからなくなって、
居ても立ってもいられなくなって、
体中の汗と涙が迸り。。。


『・・・好きだったのよ あなた 胸の奥でずっと
もうすぐわたしきっと あなたを振り向かせる・・・

・・・好きだったのよ あなた 胸の奥でずっと
もうすぐわたしきっと あなたを振り向かせる・・・

あなたを振り向かせる・・・・・・』



<ワスは、今、一体、誰を振り向かせたいのか???>




「まちぶせ」by三木聖子


おそらく当時は超マイナーなひとつの歌謡曲であったのに、
どうして、あれほどまでに、心を鷲摑みにされてしまったのだろう。。。

洗練された歌詞と素直なメロディーラインが、
どうにもならないぐらい、
ス〜っと心の琴線に触れてくる。

当初はあまり注目されなかったけれど、
その後、石川ひとみさんがカヴァーされ大ヒットし、
徳永英明さんもアルバムの中にも取り入れている。

流石、本家本元、、、
ユーミンこと荒井(松任谷)由美さんの時代を超えた名曲。。。

嗚呼、、、

どこかで心も体も疲弊し切っているのかも。。。


<ワスは、誰をまちぶせしているのだろう???>


何だか、急に、
ギンギンに冷えたビールを煽って、

チェンマイは、某「ぐでんぐでん」で、
ぐでんぐでんに絶叫したくなってきました。


嗚呼・・・

2010年01月19日

二つの「哀歌」!?



「哀愁」と云う文字には、どこか切ない響きがあるけれど、
いつ頃から、「哀しい」という文字に惹かれたのか記憶が曖昧である。

そして、いつ頃からか、かなしいを、「悲しい」ではなくて、
「哀しい」の文字を多く使うようになっていた。

感覚的なものではあるけれど、
「哀しい」の方が、どこかはかなく切ないイメージを喚起させる。

「哀」と「愛」

同じ語感に包まれながら、
この二つの文字は、
まさに表裏一体であるような気がする。

愛するがゆえに哀しくなり、
哀しいがゆえに愛おしくなる。

哀しい歌と書いて「哀歌」

世界中で、哀しい歌、
すなわち「エレジー」
を代表する歌は数限りなくあるだろうけれど、

一昨年、、、日本の歌に全く疎いワスは、、、
ある最も信頼している方より一つの歌をご紹介された。

これを最初に聴いた時は、まさに鳥肌が立った。
胸が締め付けられるように心の奥底を抉られ、
いろいろな想いが走馬灯のように頭をよぎった。

平井堅「哀歌(エレジー)」


この「哀歌(エレジー)」のタイトルから、
忘れ去られた想いが、イッキに30年ぐらい昔に遡る、、、

当時、東京の大都会の谷間の隅っこで、
明日への夢や希望もなく、
生きているのがつらくてつらくてならなかった時、

ふと街角で聴いた 
金子裕則さんのそのものズバリ「哀歌」

まるで金縛りにあったかのように、
当時の哀しみの淵で彷徨っていた、
ウブなワスの心が鷲掴みにされました。

金子裕則「哀歌」




今から振り返れば、軟弱だと誰かに罵られるかもしれないけれど、
当時、その歌にどれだけ、心を癒され慰められたことか、、、

透き通るような甘く切ない声質が、、、
まるでそのまま心の細胞の中に静かに沁みわたってきた。

ない金をはたいて、
当時の金子さんのLP盤を擦り切れるほど聴いた、、、

そうして、突然、ふと思った。。。


今、つらいつらいと感じていることは、
錯覚なんじゃないかと、、、

ソステ、、、

哀しいというのは、
決して恥ずかしいことじゃないんじゃないかと、、、

つらいことをつらい、哀しいことを哀しいと云えば、
どこか心根の弱い欠陥じみた暗い人間のように採り上げられたりするけれど、
人間の精神は、常に右に左に振れている、、、

ずっとポジティブでありえないように、
そのままずっとネガティブでもありえない。

哀しみのどん底を突き詰めれば、
どこかで、それと相反する喜びが顔を出してくる。

哀しみは哀れむと同時に、慈しむ気持ちに繋がり、
哀と愛、、、
人を愛おしむ想いに包まれる。


つらいことをつらいと認め、
哀しいことを哀しいと素直に感じたら、
心がスッカリと楽になりました。


どんな歌がどのような形で人の心を打つのか、
それは、その当の本人にしかわからないけれど、


歌との出逢いも、一期一会、、、


歌がその時代時代を映し出すように、
その人それぞれの心の内面にまで、
深く深く入っていくに違いありません。




現代では、このネット上で、
スッカリ忘れ去ってしまった過去の記憶を、
信じられないような鮮やかさで再現してくれます。


哀しみから逃げるのではなく、そのままの丸ごとの形で受け入れた時、
哀しみを涙と共に押し流し、心が浄化され、精神が昇華したような、
そんな想いにさえ浸れました。。。

二つの全く違うタイプの「哀歌」

哀しいのは哀しいのだけれど、
同時に、、、
どこか逆説的な元気を呼び覚まされ、

人を敬う気持ちと共に、
心がいじらしく切なく愛おしくなってくる。


皆さんにとっての、
とっておきの心の歌は何でしょう???

2009年09月11日

「こ・こ・ろ・の・さ・け・び」!?


9月11日、、、
時間の経過と共に、事件が風化していきますが、
アメリカの同時多発テロの悲劇から早8年、、、

ただ、それでも世界中で、憎しみの連鎖は続き、
どちらが善者でどちらが悪者であるとは、
到底、誰にも決められないし、誰にも仕切れない。


****************************

一昨日、2009年秋冬物の全出荷を終えて、
本当に、ようやく、ホッと一安心。

そして、今日、9月11日、、、
2010年度の春夏物の新規1点サンプルの発送を全部完了。

今後は、各種修正を経て、各色サンプル製作へと発展し、
最終的に大事な来年度のオーダーの趨勢が決まります。


さて、結局、KHのフィットネスクラブへは、
今日で、丸90日、一日も欠かさず、通い続けました。
もしかしたら、今、唯一の心の拠り所かもしれません。

スカス、後2日で、メンバー登録の期限がやってきます。
これを、さらに続けて更新するか否かは、まだ答えが出ていません。

丸坊主頭&断酒生活も早、3週間・・・
ただ、ここ、一週間ばかり、異常に体がだるく、
無気力と倦怠感に打ちひしがれています。

身体的疲労が精神的疲労をさらに誘発しているように、
心身共に、悪循環のスパイラルに陥っているのかもしれません。

できれば、嘘でも、空元気でも、楽しい話題に、
心躍らせたいのですが、そういうわけにもいかず、、、

自分自身の「心の叫び」に、ふと、耳を傾けてみます。

何だか、薄ボンヤリと白濁化した脳裏の中で、
言葉遊びのイメージにいざなわれてきます。


<知らず知らずのうちに大切な人を傷つけ、
同時に、自分自身も、胸の内をギザギザに抉られるべく、
心の中をズタズタに引き裂かれるような圧倒的な喪失感、、、>

嗚呼、、、「心の裂け日」


<自己嫌悪に凝り固まりながら、
人と人との交わりを自然と避けるように、
孤立していくどうしようもないまでの虚無感、、、>

嗚呼、、、「心の避け日」


<大好きなオチャケを断ちながら、
どうして同じ過ちの繰り返しを続けているのか、
自分でもわからなくなりながら、それでもお酒に恋焦がれている、、、>

嗚呼、、、「心の酒日」


<どんなに悩み苦しんでも、反省しても、
人は一人では生きていけないことを重々わかっていながら、
いつしか、妥協しながら自分を慈しむように救いの手を差し伸べたくなる、、、>

嗚呼、、、「心の(な)さけ日」


ただ、どうにもこうにも自分が情けなくなりながら、
もう、これ以上、耐えられないと覚悟しながらも、、、
それでも、時間は過ぎていくし、息が続く限り、生(活)きている。


どんなに自分のことが嫌いでも、
諦めず自分を愛していたいし、、、

どんなに自分のことを嫌いな人がいても、
その人の幸せを願わずにおられません。


以前、僕が世界中で一番信頼する方から、
励ましの言葉と共に贈られた故笹井宏之さんの詩が、
「心の叫び」となって、何度も頭の中をリフレインします。。。


わたしのすきなひとが
しあわせであるといい

わたしをすきなひとが
しあわせであるといい

わたしのきらいなひとが
しあわせであるといい

わたしをきらいなひとが
しあわせであるといい

きれいごとのはんぶんくらいが
そっくりそのまましんじつであるといい


実際に、奇麗事だと詰られても、偽善者のように罵倒されても、
やっぱり、自分は自分を変えられないし、
そんな自分が、人に寄りかかって、人に頼って生きています。

自分が好きな人も、自分を好きな人も、
自分が好きでない人も、自分を好きでない人も、
皆、等しく、幸せであればいいと、今、自分も願いたい。。。

****************************


冒頭に返り、、、
9・11事件で犠牲になり、
亡くなった多くの方々のご冥福をお祈り申し上げます。


追伸:我が、愛し敬う、誇り高き栄光の戦士、オナ(ラブル)殿、、、
重ねて、(一廻り上の!?)お誕生日おめでとうございます。。。押忍・・・

2009年08月23日

「動悸の桜」!?

「同期の桜」作詞:西條 八十

一、
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょ国のため

二、
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
血肉分けたる仲ではないが
なぜか気が合うて別れられぬ

三、
貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
仰いだ夕焼け南の空に
今だ還らぬ一番機

四、
貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
あれほど誓ったその日も待たず
なぜに散ったか死んだのか

五、
貴様と俺とは同期の桜
離れ離れに散ろうとも
花の都の靖国神社
春の梢(こずえ)に咲いて会おう


*******************************


決して戦争賛歌などではなく、
故国のために犠牲となり散っていった過去の歴史を振り返りますと、
この旋律が胸を過ぎり、日本人として襟を正したくなります。


ソステ、このテーマソングに乗って、
また、あの人が、月光仮面のごとく、
疾風のようにチェンマイに現れました???

動悸、息切れ、不整脈も何のその、、、

初めて会ったその日から、
何故かウマが合って妙に気になって仕方がない、、、
ワスの動悸も疼いてしまうのだ、、、

同じように120歳まで、
元気に生きようと約束しながら、
その行動自体はもうハチャメチャ・・・

それでも放っておけない、、、

そんな二人は、「動悸の桜」、、、


嗚呼・・・


2009年04月20日

スーザン・ボイルさんの歌声!?



ソンクラーンが終わり、、、
タイ全土で、赤、黄、、、の対立構図の流れが不透明なまま、、、
ネット上で、英国のスーザン・ボイルさんの歌声を聴いた、、、

不意を衝かれて、透き通るようなボイスに、
妙に心が癒されてしまったのだ。

メディアの紹介によると、、、


4月11日放送の英国のスター発掘を促すテレビ番組で、
スコットランド出身の無名の47歳独身女性、、、

ミュージカル「レ・ミゼラブル」の名曲「夢やぶれて」を歌って、
観客を総立させ、感動の渦に包まれた、、、

彼女は、最近まで、母親の介護に追われ、
公営住宅に猫と暮らし、母の死後、
この番組にチャレンジした由、、、

You Tube の一部のアクセス回数はすでに4000万回!?を超え、
類似の動画が軒並み立ち上がっている模様、、、

こちら

ふと振り返ってみると、
アメリカのオバマ大統領と同じ年男・女、丑年・・・

コメンターや観客の驚きと感動がストレートに、
ネットを通じて聴く者すべて、共感してしまう、、、

一昔前では、絶対考えられなかったけれど、、、
インターネットを通じて、世界中にこのニュースが飛び交い、、、
彼女は、すでにレコード会社から契約の話もきていると云う。

わずか、一週間そこらの間に、
絵に描いたようなシンデレラストーリー、、、

何度も、彼女の映像を観聴きしながら、
大きな大きな感動と勇気を頂いている・・・

見知らぬ貴女、、、

スーザン・ボイルさん、、、

ありがとう・・・

2008年11月16日

「楊貴妃クレオパ=キャッツアイ」



ネコとは、誠に不可思議でミステリアスな動物である、、、

身体的には非常にしなやかで瞬発力もありながら、
どこか艶やかで華麗で貴婦人然として、、、
それでいて、鋭い牙と爪を併せ持つ、、、

ネコの瞳は、、、
自分にとって、ある人を、、、
強烈にイメージさせます、、、


15日(土)、、、夕刻、、、
日本からのお懐かしいマイミクさんが来チェンマイされ、
急遽、親しいお仲間連が集まっての飲み会、、、

暫く禁酒のはずが、特別な日!?ばかりが続き、
結局、アルコールの切れない毎日に、、、
周りからお叱りを受けるのを覚悟の上で少々自己嫌悪気味、、、

15日、我が敬愛する大御所様のお誕生日、、、

日付が変わって、16日は、、、
同じくチェンマイフォーリーブス!?の勇姿
頭領のお誕生日でもある、、、

15日、タイ時間午後10時、、、
日本時間にすれば、16日へと日付が変わるその瞬時、、、

大御所様と頭領のお二人の、
日付を跨いだハッピーバースデーの大合唱!?

ひたすらビールを煽りながら、
気持ちよく天空を彷徨っておりました、、、

オープンガーデンから見える真上の蒼天には、
煌びやかな星たちが散りばめられています、、、

その星の輝きは、ふと何かを連想させました、、、

そう、あの神秘に満ちたネコの瞳です、、、


1年以上前、初めて京都でお逢いした、
憧れの君、、、楊貴妃クレオパおまる様、、、

何もかも見抜かれそうな理知的で鋭利な瞳、、、
やさしさと厳しさを同時に併せ持つ妖艶な眼光、、、
まさに、キャッツアイ・・・

その席上で、酔いにまかせて、そのまま不覚にも、
深く深く酩酊の淵に堕ちていきました、、、


15日の楽しい宴席が時空間を超えて、
そのキャッツアイの情景と重なっていきます、、、




明けて、16日、日曜日、、、

この日も大好きなゴルフを休み、
暫く呆けたようにボ〜っと朝から時間を過ごしていると、

おまる様に捧げる詩が半年以上を要しながら、
どうしても一つの形にならないでいたのが、、、

埋められない言葉の溝に、
ヤンワリと自然に想いの丈が溢れてきて、、、
キャッツアイのイメージと共にようやく像を結びました、、、

「アンニュイなキ・モ・チ!?」からちょうど一週間、、、
半ば、強引に、新たに心を紡いでおります、、、


恒例の熱きマイ狂メンバーに贈ります言葉のお遊び・・・
(現在、全員で、90名弱おられます、、、)

大御所様、鎮守様、御方様、○○様、真天狼殿、アンニュイ様ときて、
7番目、楊貴妃クレオパおまる様に捧げる哀(愛)の詩、、、

<若旦那、Mプロ、真翡呑様、真暈天殿、頭領、
メッチャ綺麗様、ショコラ様等々、、、
現在、まだ未完成にて、継続考慮中・・・乞う、ご期待???>




「楊貴妃クレオパおまる様<Cat’s Eye>」

楊貴妃クレオパおまる様 楊貴妃クレオパおまる様
楊貴妃クレオパおまる様 楊貴妃クレオパおまる様

君と初めて出逢った時から 忘れてた熱い想いが胸を締め付けた
遠く離れて観ているだけで 穢れのない少年の身空に返れた

時間(とき)が無情に過ぎてくように・・・
君も女猫(豹)に変わってゆくのか・・・

楊貴妃クレオパCat’s Eye 楊貴妃クレオパCat’s Eye
楊貴妃クレオパCat’s Eye 楊貴妃クレオパCat’s Eye

人を愛して 人と別れて 人に嫌われて また人に惹かれる
君の辿りし路 苦悩と希望の境い目 
ユラリユラリ揺れながら 時空を貫く

君が誰かに恋焦がれるように・・・
誰かが君に想いを寄せている・・・

肩先が 指先が 震えて何も綴れない
思いきり 独りきり ひとしきり 泣けたなら、、、

夢をみて 顧みて 砕け散ってしまった瞬(またた)き
巡り合い 認め合い 許し合い Cat’s Eye

暗闇の中に光る瞳 蒼天に煌(きらめ)く星屑の糸
高貴さ しなやかさ 艶やかさを 
永遠(とわ)に刻み 身をくねらせる

君がいて ときめいて よろめいてしまったまほろば
奇麗ごと 戯れごと まだ君に惑っている

切ないよ やるせないよ 儚いだけのエピローグ
可笑しいね 哀しいね ミステリアス Cat’s Eye

楊貴妃クレオパおまる様 楊貴妃クレオパCat’s Eye 



言わずもがなのことですが、、、「君(きみ)」とは、、、
「憧れの君」可憐な楊貴妃クレオパおまる様ご自身を指すと同時に

どうにも摑み所ない、、、
Cat’s Eye(天空の星=希望&夢)のイメージを重ねています、、、


おまる様、、、チェンマイへのお越しを、、、
謹んでお待ち申し上げております・・・

嗚呼・・・



TF拝、、、

追伸:愛すべき頭領、再度、お誕生日おめでとう、、、ね!!!

2008年11月09日

「アンニュイなキ・モ・チ!?」



決して、老化現象であるとは思いたくないのですが、
最近、頓に涙もろくなってきたようで、

とりわけ、何かに感動したり、嬉しくなったりすると、
自然に涙が出てきて、止まらなくなります、、、

元々が何にでも感動しやすい単純な男でもあり、
心に沁みやすくできているのかもしれません、、、

嗚呼。。。

チェンライ&チェンマイミクシー杯、、、
気合が入って入って入り過ぎて、、、
いつものように、しっかり、コケマシタ、、、

情けなくて、涙が出ました、、、

チェンマイ風物詩のコムファイ上げ、、、
多くのお仲間の皆さんと心を一にし、
満天の星空に想いが迸るようでした、、、

人の温もりに、涙が出ました、、、

また、ずっと心を痛めていた事が、
どうにか、無事でありましたようで、
ホッとした途端、、、涙、涙、涙、、、

怒濤の1週間が過ぎて、いろいろとありましたが、
ようやく、落ち着きを取り戻した日曜日、、、
当惑する程に!?心穏やかで安らいでいます、、、

嗚呼・・・

妙にセンチになるわけでは決してありませんが、
人は人に支えられて生きている事を、
心に強く感じています、、、

さて、ネット上で出逢った不思議なご縁で、
稚拙ではありますが、、、
恒例の想いを綴った言葉のお遊び、、、???

愛と敬意と感謝を込めて、、、時間をかけて、、、
おひとり様、おひとり様に宛てていく、、、
心のラブレター、、、

大御所様、鎮守様、御方様、○○様、真天狼殿ときて、、、
燃える闘魂、いとしのアンニュイ様、、、
(過日はお粗末にて大変失礼致しました・・・)



「アンニュイなキ・モ・チ!?」

アンニュイな瞳が 未来を見透かしてる
アンニュイな想いが 心を焦がしてる

時に涙の淵で揉まれて 声にならない言葉を吐いて
いつか闘いの場に戻れば 終わりなき翳りに迷い込む

勝利と敗北は紙一重 笑顔の中に隠した痛み
言い訳のできない孤独ゆえ 誰にもわからないジレンマ

止めど流れる汗の匂い 虚空を摑んでは放し
ゴールの見えない途上 ひたすら歩き続ける

アンニュイな瞳が 未来を見透かしてる
アンニュイな想いが 心を焦がしてる


男と女は影法師 小指と小指に絡んだ糸
切れそうで切れない絆ゆえ 人を慈しむ尊さ

やり場のない闇の底で 絶え間なく立ち塞がれば
右も左も後ろもない 前に進むだけ

アンニュイな・・・瞳が・・・ 未来を・・・見透かしてる・・・
アンニュイな・・・想いが・・・心を・・・焦がしてる・・・

アンニュイな瞳が 未来を見透かしてる
アンニュイな想いが 心を焦がしてる

アンニュイな・・・ヒトミが・・・ミ・ライを・・・ミ・すかしてる・・・
アンニュイな・・・オモイが・・・コ・コロを・・・コ・がしてる・・・

アンニュイな瞳が 未来を見透かしてる
アンニュイな想いが 心を焦がしてる

アンニュイな・・・キ・モ・チ・・・アンニュイな・・・キ・モ・チ・・・
アンニュイな・・・キ・モ・チ・・・アンニュイな・・・キ・モ・チ・・・





アンニュイ様、、、
117番!?、、、お誕生日おめでとうございます、、、

嗚呼・・・