2011年03月16日

「東北関東大震災」に関わるタイ人とのコミュニケーション!?

「仏暦2554年、仙台地震と津波」


2011年、3月11日、日本時間、14:46に三陸沖で勃発した、
日本名、「東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)」は、
暫定値ながら、M9.0の超ド級の海溝型地震であり、

その直後に襲った大津波の影響で、
夥しいまでのさらなる多数の死傷者を出しています。
このような痛ましい天災はありません。

さて、このニュースは世界を駆け巡り、ここタイのメディアでは、
地震を襲った代表する地域として仙台を取り上げ、

{แผ่นดินไหวและคลื่นสึนามิในเซ็นได พ.ศ. 2554}
<ペンディンワイ・レ・クルーン・スナーミ・ナイ・センダイ・
ポー・ソー・ソーン(グ)・パン・ハー・ローイ・ハー・シッ(プ)・シー>

と命名しています。

<ペンディンワイ>「地震、、、」
<レ>「と、そして、、、」
<クルーン・スナーミ>「津波、、、」
<ナイ>「〜内、〜における、、、」
<センダイ>「仙台、、、」
<ポー・ソー>「タイ仏暦、、、」
<ソーン(グ)・パン・ハー・ローイ・ハー・シッ(プ)・シー>「2554(年)、、、」

つまり、直訳すれば、、、
「仏暦2554年仙台(エリア)における地震と津波」
になります。。。

ここタイでも、信じられないようなオゾマシイ映像が、
これでもか、これでもかと、繰り返し映し出されています。

それを観た多くの一般タイ人方々からも、多くの同情とお悔やみが寄せられ、
さらには、いろいろな質問を浴びせられ、
日本の地震と津波に対する大いなる関心事の表れに相違ありません。


そうした背景を踏まえて、タイ人社会との関わりの中で、
「東北関東大震災」における一般タイ人から質問されるであろう内容を吟味して、
こちらで、よく見聞きする言葉、会話を、急ぎ、ご紹介します。

至らない点も多々ありますが、ご参照になられて下さいませ。



1.{ครอบครัวและญาติพี่น้อง・・・ 
・・・เป็นอย่างไงบ้าง
・・・โอเตไหม }
<クロー(プ)クルア・レ・ヤー(ト)・ピー・ノーン(グ)・
・・・ペン・ヤーン(グ)・(ン)ガイ・バーン(グ)!?>
・・・オーケー・マイ?!>
=「ご家族や親類の皆さんは、どうですか(大丈夫ですか)!?」


{โอเต K}<オーケー・K>=「オーケーです」
{ไม่เป็นไร K}<マイ・ペン・ライ・K>=「大丈夫です」

(もし、多大な被害に遭われていたら、またいろいろな表現があるでしょうが、
口語的な、<オーケー>や、<マイペンライ>が、通じやすいです。)



2.{คนเสียชีวิตมีเยอะไหม}
<コン・シア・チーウィッ(ト)・ミー・ヨォッ・マイ!?>
=「死者は、大勢ですか!?」

{เยอะแยะ K}<ヨォッ・ヨェッ・K>
{มาก ๆ K}<マー(ク)・マー(ク)・K>=「大勢です」
{มากกว่าหนึ่งหมื่นคน K}<マー(ク)・グワー・ヌン(グ)・ムーン・コン・K>
=「1万人以上です」

(実際に、「たくさん」という表現を使うと、相手に余計不安をあおりますので、
具体的な数字がわかれば、その数字をあげた方が伝わりやすいです。)



3.{แผ่นดินไหวรุนแรงไหม}
<ペンディンワイ・ルンレーン(グ)・マイ!?>
=「地震はすごかったですか!?」

{รุนแรงมาก K}<ルンレーン(グ)・マーク・K>=「大変、激しかったです」

(<ルンレーン(グ)>は、かなり激しく強烈な修飾語です。)



4.{บ้านสะเทือนไหม}
<バーン・サトゥアン・マイ!?>
=「家は揺れましたか!?」

{สะเทือนนิดหน่อย K}<サトゥアン・ニッ(ト)・ノイ・K>=「少し揺れました」
{สะเทือนมาก K}<サトゥアン・マー(ク)・K>=「かなり揺れました」

(感覚的な小さい揺れなら{สั่น}<サン>もありますが、
グラグラ揺れる感じであれば、{สะเทือน}<サトゥアン>が適切です。)



5.{สึนามิหยุดไปหรือยัง}
<スナーミ・ユッ(ト)・パイ・ルー・ヤン(グ)!?>
「津波はおさまりましたか!?」

{หยุดไปแล้ว K}<ユッ(ト)・パイ・レウ・K>=「おさまりました」
{ยัง K}<ヤン(グ)・K>=「まだです」

(タイでは、以前、プーケットで津波の恐ろしさを肌で感じていることもあり、
ローカルのニュースでも、度々、大波が、家屋を押し倒す映像を流しています。
ちなみに、<ツ>は、タイ語の発音にないので、<スナーミ>のように表記されます。)



6.{ได้ข่าวว่าจะเกิดแผ่นดินไหวอีกไหม}
<ダイ・カーウ・ワー・ヂャ・カゥ〜(ト)・ペンディンワイ・イー(ク)・マイ!?>
=「ニュースで聞きましたが、まだ地震が起きますか!?」

{ไม่แน่ใจ K}<マイ・ネー・ヂャイ・K>=「はっきりしません」
{คงจะมี K}<コン(グ)・ヂャ・ミー・K>=「きっとあるでしょう」
{อาจจะมี K}<アー(ト)・ヂャ・ミー・K>=「たぶんあるでしょう」
{คงจะมีบ่อย ๆ K}<コン(グ)・ヂャ・ミー・ボイ・ボイ・K>=「かなり頻繁にあるでしょう」

(タイでは、日常的に、あまり地震に接することがないので、
その真の恐怖はわかりづらいでしょうが、
こちらのニュースでも、日本で、何度も余震があることを伝えています。)

7.{จากศูนย์กลางที่เกิดขึ้นถึงโตเกียวระยะทางเท่าไร}
<ヂャー(ク)・スーン・クラーン(グ)・ティー・カゥ〜(ト)・クン・
トゥン(グ)・トーギヤウ・ラヤ・ターン(グ)・タオライ!?>
=「震源地から東京までどのぐらいの距離ですか!?」

{ประมาณ สามร้อยห้าสิบ กิโลเมตร K}
<プラマーン・サーム・ローイ・ハー・シッ(プ)・ギロー・メッ(ト)・K>
=「だいたい350kmsぐらいです」

(一般タイ人が把握して知っている日本の地名は、ごく限られていて、
震源地が、日本の中心地首都である東京との距離感を知りたがっています。)



8.{ได้ยินว่า รัฐบาลไทยส่งความช่วยเหลือให้ทางญี่ปุ่น
ขอบคุณมาก K}
<ダイ・ジン・ワー・ラッ(ト)タバーン・タイ・ソン(グ)・クワームチュアイルア・
ハイ・ターン(グ)イープン、
コー(プ)・クン・マー(ク)・K>
=「タイ政府が日本に援助を送ってくれたと聞きました。
どうもありがとうございます」


(事実、タイサイドにおいて、過去に日本がタイを援助してきたお返しとし、
最大限の援助をいちはやく表明して、施してくれています。
例文では、物資、金銭、薬、器具全般を、「援助」の言葉で代用しています。)



※<K>は、末尾につける丁寧語であり、
男性は<クラッ(プ)>、女性は<カ>の略で、省略してもかまいません。


「参考単語」
*{แผ่นดินไหว}「地震」=<ペンディンワイ>
*{(คลื่น)สึนามิ}「津波」=<(クルーン・)スナーミ>
*{สะเทือน}「揺れる」=<サトゥアン>
*{อิทธิพล}「影響」=<イッ(ト)ティポン>
*{ล้ม}「(物などが)倒れる」=<ロム>
*{พังลง}「(家やビルなどが)倒壊する」=<パン(グ)・ロン(グ)>
*{คนเสียชีวิต}「死者」=<コン・シア・チーウィッ(ト)>
*{คนศูนย์หาย}「行方不明者」=<コン・スーン・ハーイ>
*{โรงไฟฟ้านิวเคลียร์ฟุกุชิมะ}「福島原子力発電所」
=<ローン(グ)・ファイ・ファー・ニウクリア・フグチマ>
*{ระเบิด}「爆発する」=<ラバゥ〜(ト)>
*{(กัมมันต)รังสี / (จากนิวเคลียร์)}「放射能」
=<(ガムマンタ・)ランシー/(・ヂャー(ク)・ニウクリア)>
*{รั่ว}「漏れる」=<ルア>
*{กระจาย}「拡散する、伝播する」=<グラヂャーイ>




此度の「東北関東大震災」で被害に遭われ、
命を落とされた多くの方々のご冥福を、
心よりお祈り申し上げます。

2008年07月30日

「タイ語一語一会」500回到達、ソステ・・・!?

最初は、ほんの思いつきで始めた、、、
ミクシー内での、タイ語のコミュ、、、

ちょうど、丸2年、、、
徒然に積み重ねた個人によるトピックが、
この日を以って、500回に到達、、、

最後のトピックは、、、
<ラー・ゴーン>「さようなら・・・」

何だか、取ってつけたようではありますが、、、
一つの大きな節目、区切り、ケジメ、、、
感無量です、、、

これまで、何かに憑かれたように、
あれもこれもと手を出しながら、
自分で自分の首を絞めていたキライがありますが、、、

今後は、大事なものの優先順位をキチンと定めて、
維持するものは維持し、捨てるものは捨てる、、、
その取捨選択の覚悟を明確にしたい、、、

非常に残念ではありますが、、、
今暫く、コミュもこちらのブログも不定期に休載とし、
また、復活するその日まで、自身の英気を養います、、、

<ラー・ゴーン>

2007年07月28日

「タイ語一語一会」365話


知らない間に、
日本を出て20年以上の歳月が流れました、、、

その後、タイに関わり、
チェンマイに暮らすようになって、早15年、、、

当初は、タイの地で、見るもの聞くものが、
時にはおかしくて、時には不可思議で、
時には感動したり、時には納得できなかったり、、、

そんなことを目の当たりにしながら、
淡々と日々を積み重ねてきました、、、

そんな折、昨年、ミクシーに入会して、
多くの見ず知らずの仲間の皆さんと、
ネット上で交流するようになります。

さらには、自分でも無理なくできることで、
タイをキーワードにした何かで、
皆さんとより深く繋がっていけたらと始めたのが、、、

「タイ語一語一会」

です、、、

趣旨はあくまでも、タイ語を通じて、
タイに興味を持つ同じ目的に根ざした、、、
そんな見知らぬ人とのより深い交流でした、、、

あくまでも個人的な趣味の範疇に過ぎないので、
無理になったら無理と認め、止めたくなったら止めよう、、、
そんな軽い気持ちでスタートしたのも本音です、、、

スカス、これが、厄介で、いざ、始まってみると、、、

一日も欠かさず、毎日続けていくことに、
その片意地的な意義を見い出し、その葛藤ゆえに、
精神がギクシャクしたこともありました。

基本的には、学校などであまり習わない、、、
タイの日々の生活に密着したフレーズを拾い、
ご紹介していくのがモットーでしたが、、、

時にいろいろ脱線したり、オチャラケになったり、
また、時には、安易な発想に走り、、、
その場しのぎの辻褄合わせに終始してしまったのも事実です。

告白すれば、例えば、トピックについて、、、

その日の日記に関連した内容からピックアップするのは、
まだ、まともであり、チョイスした正当性もあるのですが、、、

88回目だから「母」だとか、94回目だから「櫛」などとは、
言語道断で、今となっては、穴があったら入りたい心境です。

さらには、同じテーマ性でシリーズ化して、
ご紹介したこともあります、、、

例を挙げれば、、、

*<キー>「〜屋、〜の傾向のある」を使ったフレーズ
* 身体の部位・自然・に関連したフレーズ
* 病気に関わる症状などのフレーズ


ただ、100人いれば、100通りのご希望があり、
気軽に始めたはずが、何となく、
八方美人的な要素を有するようになり、、、

こちらの意見を立てれば、あちらが立たず、、、
あちらを立てれば、こちらが立たず、、、
などとそんな優柔不断な状況になったりもしました。

ただ、そういうことを総てひっくるめた上で、
この7月1日で、コミュ開設丸1年を迎え、、、

ソステ、この27日、、、
継続して通し番号を符ってきた、、、
「タイ語一語一会」のトピックが、、、ついに、、、

365話

を数えました、、、

あえて、365語ではなく、365話としたのは、
その毎日、毎日に照らし合わせた言葉の羅列が、
単に語やフレーズではなく、、、

その時の笑い、苦しみ、喜び、哀しみが、、、
一つの物語やドラマとして、
自分の中で浮かび上がってくるからです。

ただ、記念すべき365題に到達する前に、いつか、、、
どうしても、書きたいテーマがありました。

それは、「男と女の秘め事」に関するトピックです、、、

そうこうするうちに、
365のカウントが目前に迫ってきました、、、

こうなったら、意を決して、
非難轟々を覚悟の上で、<迷ったらGO!!>です。

書き出したら、日々、躊躇せずに、、、
365題まで、
25回に亘ってイッキに記しました、、、

トピックは、、、今、振り返っても、
ちょっと常識を逸脱した内容で狂気です、、、


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2006年04月01日

<沁みるタイ語><2>「成せば、成る!」



今日は、日本ではエイプリル=フールだけれども、
ここタイでは、まだまだ一般的ではない。

タイでは、3月29日の夕刻、2ヶ月ぶりの俄(にわか)雨
さらに30日は夜半にかけて、けっこう本降りとなり、
昨日は、空気が洗われたように、ほんのり涼しくなりました。

そして、今日、つい今しがた、
NHKの朝の連続ドラマ「風のハルカ」最終回を見終わりました。
<沁みましたーーーー>

昨年、暮れからNHKを接続し直したところ、
途中、大相撲が2場所、NHK大河ドラマ「功名が辻」
そしてこの「風のハルカ」に執着して、
NHKを切れずにおりましたが、「風のハルカ」良かったなあ。

調べてみてびっくり、、、。
主人公のハルカ役、村川絵梨さんてまだ18歳のうら若き乙女。
何て、何て、チャーミングなんでしょう!!!

最初は、全然美人でも何ともないと思っていたのだが、
だんだん感情移入してきて、舞台となった湯布院と併せて、
最高に魅力あるキャラクター&ドラマに仕上がっておりました。

また、登場人物の一人一人にあたたかい視線が行き届いており、
やはり、脚本がすばらしいのでしょうね、、、。

実際、主人公ハルカさんの全編を通しての喜怒哀楽に、
どれだけ、やきもきしてドラマに惹きつけられたことか、、、。
彼女が困難にぶつかる度に、真正面から、ポジティブに、
取り組んでいく姿に、どれだけ気持ちが鼓舞されたことか、、、。

ハルカ
村川絵梨様、素敵な感動をどうもありがとうございました

終わってしまったんですねー。ちょっぴり淋しいです。

次の「純情きらり」、さてどうしたものでしょうか?
これを区切りに、また、NHKを切るべきか?
ウーン、思案のしどころです。

さて、またまた前置きが長くなりましたが、
今日は、ハルカさんがドラマの中で何度もトライされていた、

 「成せば、成る!」    

という言葉、、、。

これをタイ語での言い回しに絡めて、
<沁みるタイ語>の第2弾にしたいと思います。

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2006年03月27日

<沁みるタイ語><1><モッゲウ>=「イッキ(飲み)」


沁みるタイ語第1号として、モッゲウという言葉をを挙げます。

嘘のような本当の話ですが、
完全無防備状態で、初めてワスがタイのバンコクにやってきたとき、
自分の実体験から、それこそ最初に覚えたタイ語が、
他ならぬ、このモッゲウです。

<Situation>
暗闇迫るバンコクの路地裏で、無知で無警戒丸出しの狂介君が、
車座になって酒盛りをしているタイ人グループに紛れ込んでしまいました。

一般的にタイ人はフレンドリーで明るいから、何でもマイペンライと、
この平和ボケした狂介君をあたりまえのように歓待してくれます。

ビールなんて上等で高価な飲み物ではなく、
メコンウイスキーを氷やソーダや水、コーラで割って、
何となくその場に馴染んできます。

そうなると、知らず知らずのうちに誰彼ともなく、
モッゲウの号令とともにグラスを飲み干します。

狂介君も真似をして、嫌いじゃないアルコールの余韻に浸りながら、
モッゲウと叫びながら、グラスを空けます。

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2006年03月01日

<沁みるタイ語> 前口上

おそらく一般の人がタイ語を勉強しようとしたり、会話で使う一番最初に覚える代表的タイ語は、以下の5つであろうか。
1. サワディー K
2. アローイ
3. タオライ
4. コー トー(ト)
5. マイペンライ
( )の中の言葉はその音を出すつもりで飲み込み、ほとんど聞こえない。
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