2016年11月22日

<嗚呼、君の名は 「さらばシベリア鉄道」>



月曜日、日勤で一週間の始まり
ついに流星号を待機させ、
バスと電車を乗り継いで、職場に向かう

バスが6時1分からしかなく、
電車も山陽線から呉線への接続などで、
結局、ギリギリになった。

電車内は、かなりギュウギュウ詰めで、
おそらく今日だけかと思うけど、

孤独に慣れっこであったところ、
見知らぬ人とはいえ体がぶつかるような接触に、
かなり感動した。

やはり疲労感は全然違う

あたりまえだが、
電車通勤は、非常に楽だ。
黙っていても目的地に運んでくれる

仕事終わりに、8時ちょい前、
また矢野駅から電車に乗った。

広島駅で乗り換える際に、
ふと引き寄せられるように、
昨夜のリベンジを思い立った

山陽線で横川駅の二つ先
そのまま、昨日の続きで
新井口駅にそのまま行ける。

昨日、観るに観られず、
涙をのんだ、「君の名は」だ

最終が8;50、、、
ギリギリ間に合う時間

毒を食らわば皿まで、、、

有難いことに、月曜日は、メンズデーということで、
男性に限り、通常1800円が1100円と、超有難いサービス

ソステ、そのまま逝っちゃいました

>>>「君の名は」

全く知らずに、あの名作、マチコ巻きで有名な、
「君の名は」の焼き直し、そのアニメ版だと思いきや、、、

完全にやられました

この映画については、
いろいろ語りたいことが山ほどあって、
海ほど深くて

それらを1から100まで並べて、
グッとその想いを呑み込んで、

何も語らず、ひとりひとりの琴線に触れる
その余韻に浸っているのが一番いいのかもしれない

まさに、出だしから、メルヘンっぽいのに、

実に奇想天外だった

尾道が舞台の名作、転校生がふと頭をよぎったが、
全然、違う形で、ストーリーが引っ張られていく。

一体、どこに連れていかれるのだろうと、
心がやきもき、ハラハラ、ドキドキしながら、
映画にもある、彗星の煌きのごとく、
わからない迷路を辿りながら着地点に導かれていく

それが、また、妙に懐かしくて、
心地よくて、あったかくて、やさしくて。。。

青春、友情、初恋、運命、時間、結び、
神、幽界、不思議、出会い、

いろいろなテーマが睦ながら紡がれながら、
鮮やかな彩を添えていく

実写ではなく、アニメなのに、逆に、
幻想の波に翻弄されながら、
そのリアル感がヒシヒシと心に迫ってくる

何かこの感想を述べれば述べるほど、
安っぽくなりそうで、心が痛いのだけど、

号泣ではなく、知らず知らず、
スーっと涙が、何度も何度も、
流れては、ハッと我に返り驚かされた

一つだけ、ぼんやりとだが
求心力をもって脳裏に刻まれて
離れなかったのは、

時間、時空を超えた、
誰にもわからない説明できない

現実なのか、夢なのか、仮想なのか、
そんな世界が常に隣り合わせにありながら、

普通では、その世界にはどうしても行けない、
全く違った世界が幾筋もそこにあるということ

映画の中でも神との古来からの営みの中で、
神聖な場所があり、

神にも繋がる特別な組紐から、
縦糸、横糸の紡ぎ方が自然と連想される

時間というとらえどころのない観念を
映画のいくつもの大事な場面で、
象徴的に表現されていた

ずっと漠然と思い描いているのは、
時間という流れは、縦糸が幾重にも密に上から下りてくるように、

過去から現在、未来へと一本の糸で繋がっている、
通常、我々が暮らしている世界の他に、

すぐ横に決していくことはできないけど、
また別のパラレルワールドが存在していて、

例えば、一分前の、一分後の世界が、
少しずつ、変曲、変容、変貌して、
同時に流れている世界があるとしたら・・・

別の世界では、とんでもない金持ち、乞食を演じているか、
あるいは、自分はすでに死んでいるかもしれず、
誰にも説明できないし、そんな誰にもわからない世界があるとしたら、、、

それぞれの縦糸に対して、その時々の現実世界が、
横糸に繋がって、その局面での現実世界の座標になる

その不可思議な概念は、「バタフライエフェクト」や
「バックトゥーザフューチャー」「マトリックス」などで、
数々、捉えられているけれど

この「君の名は」では、日本古式に則り、
その日本の土壌の中で、そうした不思議な世界観を、

ロマンチックにミステリアスにエキセントリックに
まるで夢の世界のように、いざなってくれた

君の名は、、、
実は誰にもわからない
心の奥底に眠っている

そしてそんな大事なものだから、
ずっとずっと気になりながら、終生追い求めていくのに、
時間と共にいつしかすり抜けていき、忘却の渦に埋もれてしまう。

この映画でも、一つの現実世界が、
結びの神の酒を飲んでその横糸に繋がれ
また別の結びの世界が開けてくる

それらが普通だと全くの荒唐無稽になるところが、
この映画では、実にナチュラルに破綻無く、
結びの世界に導かれていく

誰にも覚えがある初恋、自分にとっての運命の人、
一生のうちに逢えるか逢えないのか、

それは、ある種、それぞれのミステリーであり、
それぞれのかけがえのないストーリー

ふっと遠い昔の思い出の中に眠ってしまっている、
もしかしたら、完全に忘れ去っていた
大事な大事なその人にとっての記憶の玉手箱が、

映画のヒーローとヒロインに投影されて
甘酸っぱい青春の縮図を開き、
静かに温もりをもって蘇らせてくれた


だからこそ、一つ一つの映像が、
目に沁みて、肌に沁みて、心に沁みてくる

「君の名は・・・」

映画が終わった後、暫くその場を動けなかった。

それでもかなりの人が居たが、最後のエンディングロールまで、
誰も物音一つ立たせずに、皆、動くのが憚れるように、
同じ意思をもった同士のように、その場に佇んでいた

ホンマ、ええ、映画やった・

結局、帰りの電車にタッチの差で乗り遅れ、
40分ほど待ちになったところ、

意を決して、横川まで、
歩いて帰ることにした。

ネットで調べてみると、10キロほどの道のりで、
徒歩、1時間半と出ている。

小雨がパラツイテきた。

全然、関連性がないのだけど、
テクテク歩くその道すがら、

その「君の名は」の映画のもつ独特の香りのようなものから、
一つの歌がイメージされて、また頭の中をリフレインしていく

かなり遅くなるけど、横になれるとしたら
自分にとっての「君の名は」が、
夢の中に出てきてしまいそう

昨日に続いて、一期一会
本当に心からいい映画との出会いだった



「さらばシベリア鉄道」by大瀧詠一
→ https://www.youtube.com/watch?v=bFpBKIjWI0s


この記事へのコメント
私はチェンマイの「センタン フェステバル」で見ました。
感想、内容は書くのは控えます。
タイでも大人気です。
日本映画としては過去最高の興行収入。

岐阜の田舎を旅するタイの人が増えるのでは。
岐阜の合掌造りの白川郷では、タイの語の案内パンフレットがある。
旅行者も1割ぐらいがタイの人ですか。
タイ語が聞こえてきても、振り向きもしなくなりました。
今回の舞台には、岐阜の田舎らしき映像があります。
Posted by タイブログランキング at 2016年11月22日 10:18
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