2016年11月20日

<嗚呼、広島城 「青い瞳のステラ 1962年夏」>



日曜日、、、

結局、朝晩、合わせて
この一週間、かの「まねきねこ」に入り浸り

(スマホによる会員登録をすると
フライドポテトのサービス→かなり美味い)

ソステ、朝一から一人カラオケ格闘ダイエットの後、
何と、あろうことか、
表に停めていた流星号の後輪がパンク???

モスカステ、前日に、
もう流星号は用なしの意味合いで、
通勤では使わない、卒業なんて書いたから、

はぶてたんやろうか(広島弁)

(嗚呼、決して、棄てるなんて、
そんなことあらへんで、
またいっぱい働いてもらうよってに・・・)

超ラッキーなことに、
道を挟んで、すぐ目の前が、
まるでそのまま助け舟のように自転車屋カナガキ

小さい金属片を拾ったみたいで、
パンク修理5分で870円、、、
流星号復活


嗚呼、今にも降り出しそうな、心細い薄曇りの中、
これまで、何度も目の前を行き来していた
復活した流星号で広島城に向かう

広島駅からも、ワスの居る横川駅からも、
かなり身近なところで10分ほどで到着

広島城

別名 鯉(こい)の城と書いて、
鯉城(りじょう)

江戸時代初期、かの毛利輝元が、
太田川河口に築いた平城で、

平城としては、
名古屋城、岡山城と共に日本三大平城に数えられ、
日本100名城の一つに選定される由緒ある城である

1945年の原爆投下で一度、
この広島城は、原型を留めることなく
完全に破壊され尽くした

現存の広島城は、
戦後、建立されたものであり、
名城であるのに、どこか切ない痛みと傷みを感じる

スカスのスカス、、、

実は、お恥ずかしいながら、
広島県人であるのに、この広島城の城内どころか、
その近辺にすらまだ一度も入ったことがない

(おまえは、モグリかと言われそうであるけど・・・)

いつも遠目に眺めていた石垣の内側に、
何度も近くをすり抜けていた
その当の広島城内に初めて入る

緑で広々とした敷地があって、
連日の驟雨で散りかけの紅葉が綺麗

広島城内に登る(370円)

日曜日ということもあり、
外国人観光客も多く、

広島城の歴史やいわれ、数々の展示品なども、
ビデオ形式で、英語表記や解説もある

何だか、
とても清々しい気持ちになる

城内の天守閣下から、
広島の街並みを眺望する

あまりにも静けさと優しさに満ちていて、
逆に何かこわくなるぐらいの広島のパノラマがある

改めて、広島の辿ってきた歴史、、、
多くの犠牲に上になぞられた道程の険しさから、
安らぎと重々しさの相反するものを同時に感じる

ソステ、こうして広島城を訪ねたことで、
とにもかくにも、永年気になっていた、

やっと広島県人であることの
最低限のお墨付きを得たような気がした

広島城内の空気

どこかで、死と隣合わせのイメージと神妙さを覚え、
今の平和の有り難味をつくづくと感じた


「青い瞳のステラ 1962年夏」by柳ジョージ
→ https://www.youtube.com/watch?v=zMLKeQ68RjE
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック