2016年11月05日

<嗚呼、卒業 「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」>





長い夜勤の一週間が終わり、
手足が凍てつく!?ような空気の中、
週末だけの母親の元に向かう

帰る道すがら、いつもの大通りより、
一本新幹線に近い道を入ると、
マツダスタジアムの裏門にかかる。

ソステ、驚いた。
朝、8時半ぐらいなのに、各入り口に向けて、
おそらくは、何百人、何千人という人が行列をなしている。

よくよく思い出してみると、
今日、11月5日、優勝パレードがあるらしい。

どういうルートなのかよくわからないけれど、
人の波に逆行するように、流星号を走らせる。


最近、もう、今日、明日、死んじゃうような面持ちで、
昔の頃のことが、特に20歳前後の頃のことが、
しきりに思い出される。

ダスティン・ホフマンの「卒業」という映画がある。

ワスにとって、一等最初に大人の世界と接したような
すこぶる大好きな特別な想い出の映画の一つであるが、

小学校の1年生だったか、2年生だったか、
どういう流れなのか、亡くなった父親に連れられて、
映画館で観た淡い遠い記憶がある。

小学校にあがる前から、映画好きな父親に、
東映のやくざ映画にはよく連れられたけれど、

こうした洋画には、全くトンチンカンに、
当時は、意味もなく面白みも何もなかった。

その後、テレビのロードショーやビデオなどで、
何度も繰り返し「卒業」を観るのだが、

年代に応じて、
その都度、新たな発見があり、
毎回、初めて観るような錯覚に陥る

それだけ、年代を超えて、
素晴らしい映画ということになる。

昨日、出勤前に、ふと思い出して、
何年ぶりかで、この「卒業」を観たくなった、、、

ところが、胸を締め付けられるような、
懐かしさといとおしさに包まれながら、

最初の出だしの10分ぐらいで、
不覚にも、
落ちてしまった。

2時間弱の映画ながら、
最高のラストシーンまでは、
なかなか辿り着けない。

この映画に強烈なインスピレーションを得て、
高校に入った早々に、美しい歌声を響かせる
大塚博堂に突如、魅入った。

「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」

「卒業」を演じた、ダスティン・ホフマンを
ストレートに、唄にしている。

初めて聴いて、胸が締め付けられた。

その歌自体、
一つの浪漫な映画の叙事詩のようだ。

大人になる前の多感な時期に、
大人の恋への憧れと別離と想い出が綯い交ぜになって、
人生の痛みを垣間見たような気がした。

それから、この歌も違った年代で聴くたびに、
その時々の心もように応じて、
様々な情景をみせてくれる。

まだ、本当の恋も知らなければ、
失恋の痛みも知らない頃に聞いたこの歌が、、、

年代を重ねて、いろいろなものが、
混ぜこちゃになって、恋らしきものを知り、
別れの切なさも覚え、

ソステ・・・

そうした経験が下敷きになって、
この歌をタイムリーで聴くと、
もうそれだけで、心に沁みてくる。

今、恥ずかしげも無く、節操も無く、
ちょっとしたことにも、
沁みて(感動して)ばかりいるワスではあるけれど、

告白すれば、

この沁みるという何気ない単語も、
「ダスティン・・・」の歌声から、聴き覚え、
あたためられ、自分の性格の一部になった。

「花嫁を奪って 逃げる
ラストシーンが 心にしみたね」

まさに、このフレーズに、
心が沁みるという言葉を覚え、
心が沁みました。

スカス、、、
生きた大塚博堂の歌声と接したのは、
わずかに4、5年・・・

東京で迷い子のように自分を見失い、
自堕落な生活を送っていた20歳の折、
大塚博堂は、突然、逝ってしまった。

何だか、泣きたくても泣けず、
ただ、酒の力をかりて、
ベロベロに酔っ払った記憶がある。

もう、30年以上前であるけれど、いつ、何度聴いても、
あの時のいろいろな希望や痛みが思い起こされて、
今も心が沁みずにはいられない。

人は誰もが、大人になる過程で、
多かれ少なかれ、
恋し恋され、恋に溺れて、恋に泣く。

ずっと、ずっと時間が過ぎ去った後も、
叶えることができなかった、勇気がなかった、

そんな自分に、もう一人の自分が、
どこかクールに見下すように語り掛けてくる。
ちくりと痛い後悔の念をひきずることもある。


嗚呼、ワス自身も、歯がゆいかな、
ダスティン・ホフマンになれなかったよ・・・


大塚博堂:「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」
→ https://www.youtube.com/watch?v=g-XjzD-q-HQ

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