2006年07月23日

「mixi疲れ」について考えてみる?!(後半)



<mixi疲れ>の記事をご紹介し、
同じ<mixi>仲間の皆さんからたくさんの
温かい励ましのお言葉を頂きました。

当初は、その記事を読んだ勢いそのままに、
自分の感情を曝け出して書き綴りましたが、
一晩寝かすと、また違った感情が湧き上がってきました。

その記事を冷静になって読んでみると、
何故、そこまで激しく心が揺さぶられたのか、
今では、よくわかるような気がします。

自分自身についての感想を率直に記せば、
そこに書かれてある記事の内容がほぼ図星であり、、、

<痛いところを突かれた!>

という表現は、ある種、照れ隠しなほど、
ピンポイントで、的を射抜かれた心境でした。

ですから、この記事をとやかく批判することは容易ですが、
まずは、この内容を冷静に享受し、
素直に認めるところから始めなければならないと感じてます。

以下、記事について、、、
自分のことと照らし合わせてコメントし、
しかる後に自分の気持ちと向き合ってみたいと試みます。


(1)<日記を書いてから5分以上レスが付かないと、
   そわそわします。病気かもしれません、、、。>


この気持ちはよくわかります。

ワスの場合は、最初の1ヶ月、
要領がわからなかったのもありますが、
ほとんど、何のネット交流もありませんでした。

ですから、たまに全く見ず知らずの方と、
頻繁にメールのやり取りに発展すると、
そのレスが気になって仕方がありません。

相手には相手の都合があり、生活空間があるはずなのに、
自分よがりに、自分のペースを、
知らず知らずに相手に求めていたのでしょう。

まるで、電話でのやり取りのように、
このネット回線の向こうに、
あたかも相手が存在しているかのような錯覚に陥ります。

十分に反省し、改めなければいけない点です。


(2)<自分の日記にあしあとやコメントが付くと、周囲から認められたという「認知欲求」、自分を受け入れて欲しいという「親和欲求」が満たされ、それが快感になるという。>

快感というのが適切な表現かどうかわかりませんが、
自分の書いたことに対して、何か反応があると、
それは普通の人間の感情として嬉しいものです。

ただ、それがエスカレートして、
無闇矢鱈にあちこちに神出鬼没するのは、いかがばかりかと?
ただ、そういう傾向に陥りやすいのも事実です。

パソコンの前で構えている時は、全く独りでも、
そのネットの大海原の向こうには、
あたかも桃源郷が存在しているような錯覚が生じます。

アクセス一つで、瞬時に返信があり、
自分は独りではないという、
まるでバーチャル体験を味わっているような不思議な醍醐味。

そうやって、ネットという文字通り蜘蛛の糸に絡まるように、
終わりのないアクセスに発展することが多々あります。
これには、本当に注意を要します。


(3)<加えて「好意の返報性」も働く。人から受けた好意に対して同じだけの好意を“お返し”し、心のバランスを保とうとする作用で、mixi上では、自分のページにあしあとをつけたり、日記にコメントをつけてくれた人に対して、あしあとやコメントを返そうとする行為として現れる。>

これについては、誰に教わるということもなく、
自然にそういう行為に及んでいました。

おそらく、多くの方が、ごく普通のやり取りの中で、
無意識のうちに「好意の返報性」に委ねられていくのでしょう。

それは、ある種、日本人の国民性の伝統的な美徳であり、
他国の人に比べても、やはり抜きん出た、
ネット上での顕著な傾向であるように見受けられます。

ワスも例外ではありません。
返事を下さった方には、
まず、取り急ぎお礼状という考えが常に頭を占めていました。

ちゃんと返事を出していないと、
何かシャツのボタンをきちんと留めていないような、
妙に落ち着かない気持ちになっていたように思います。


(4)<mixi上では、あしあとを付けたり、日記にコメントすることが友人らしいふるまいとなる。少数のマイミクだけと付き合っている間は問題ないが、見知らぬ人や1度きりしか会ったことがない人など「にわか友達」をマイミクに加え始め、全員のページにあしあとやコメントを付ける――という作業を繰り返していると、だんだん無理が出てくる。>

ここで、「マイミク」という言葉が、
大きくクローズアップされてきます。

この記事の中では、
マイミク「社章のようなもの」と例えてましたが、
確かに言い得て妙です。

すなわち、400万人からいる<mixi>会員の中で、
どういう過程を経たに拘りなく、
「マイミク」というのは強烈な仲間意識が作用します。

それは、あたかも<mixi 学校>の中の、
同じ3年B組のクラス仲間のような気分です。

いろいろなマイミクに対する捉え方は、
人それぞれ千差万別、想いの深さの高低はありましょうが、
少なくとも、全くの見ず知らずではないはずです。

たとえ、全く一面識もなく、いきなりのマイミク申請でも、
それを受け入れるか否かは、相手の胸三寸でもあります。

ただ、その申請を受け入れた以上は、
何か契約を交わしたような小さな当事者同士の儀式を経て、
晴れてマイミクとして、さらなる交流を得ることになります。

これは、非常に危険なネット上での不確かさを助長します。
でも、それを選択し、決定したのは他ならぬ自分自身であり、
その責任の度合いは、お互いが等分して持つべき範疇です。

このマイミクというのも、掴み所がない創造された概念であり、
さらには、非常に不可思議な魅力を携えているのも事実です。

ただ、ワスは、この「マイミク」という存在は、
どちらかというと、とても好意的に捉えています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

大雑把に自分なりの意見を述べてきましたが、
どうしても堂々巡りの域を出ません。
それは、確固たる結論が出せないからです。

物事には、表裏一体、
善と悪、プラスとマイナス、陽と陰、が存在します。

ですから、同じ事象を扱っても、
ある人には、好意的に取られ、
反対にある人には、否定的に取られるのも事実です。

ここからは、上記の感想を含めた自分なりの、
<mixi>に対する接し方の考えなり結論ですが、、、

{1}<足跡>について、、、

以前、このブログでも触れましたが、、、
<mixi>の足跡機能については、その功罪は抜きにして、
自分は、ゲーム感覚で、非常に楽しんでおります。

<mixi>を続けていく限り、
そのキリ番を記録として残していき、
人と人との束の間の出会いをこのネット上で体感しています。

人それぞれ考え方は違うでしょうが、
自分のページに意図的にしろ、間違ってにしろ、
何らかの目に見えない力が作用して、紛れ込んできます。

スーッとそのまま、立ち去る人もいれば、
どこかに興味をもって、それが、その後のネット上での、
仮想の付き合いに発展したりもしてきます。

さらに、キリ番にしましても、
100番、1000番にピタっとヒットしますのは、
偶然と云ってしまえば、それまでですが、、、

そこに、何か、目に見えない中立の第三者(神?!)の、
介在を意識するとき、
徒や疎かに数字と人との行方を無視できません。

こんな馬鹿げた考えをもっているのは、
おそらく自分一人だけでしょうが、、、

そのキリ番の流れにも、
「一期一会」を感じないではいられないのです。


{2}<マイミク>について、、、

ですから、マイミクさんについてもしかりです、、、。

今、<mixi>上で、
ワスのマイミクさんの数が70人を超えました。
自分としましては、凄いことです。

中には、100人、200人、
さらには、限度一杯の1000人という方もいらっしゃいます。

ワスの場合は、一部の直接の知り合いの数人を除いては、
こちらからマイミク申請をした方が半分、
さらにマイミク申請をして下さった方が半分です。

ただ、これまでも何度か触れていることですが、
この「マイミク」というのも不思議な、
まさしく「縁(えにし)」を感じずにはいられません。

これだけ、莫大な人がいて、
どういうきっかけにしろ、
「マイミク」としてお互いを受け止め合っている。

他にも、たくさんの方がいらっしゃるのに、
何故か、そのもう一歩が踏み込めなかったり、、、

逆に、全く見ず知らずの方から、
まるで降って湧いたように突然、お声がかかったり、、、

これも大きな意味での「縁」に他なりません。

オギャーと生まれてから、成長するにつれ、
学校、会社、社会の中で、
いろいろな人と出会います。

それも間違いなく「縁」です。

でも、「縁」にもいろいろな姿、形があり、
何十年、付き合っているから価値があるのではなく、
たった一瞬の出会いでも、とても尊いことがあります。

今、このマイミクさんの中でも、
心から直接、お会いしてみたいという方が、
何人もいらっしゃいます。

これって、すごいことだと感動してしまいます。

先日もこのブログの中で自分の言葉で表現しましたが、、、

<mixi>の可能性は、、、

<始まりは、ネット上での、
虚像の付き合いかもしれないけれど、

それが、ご縁で、出会いのきっかけとなり、
より広く深い実像のお付き合いに、
発展する可能性を最大限に秘めている。>


10人の中でたった一人でも、
素晴らしい心から気の合う友人と出会えましたら、
こんな素敵なことはありません。

こういうふうに思っていたいです。

それが、まさに「一期一会」であると念じます。


{3}「コミュニティー」について、、、

「コミュ」について簡単に触れますが、、、

<mixi>には、推定60万を超える、
大なり小なりのコミュが存在するそうです。

かくいう、ワスも、この7月1日から、

2つのコミュを同時に立ち上げました。

一つ目のコミュは、「チェンマイの蒼い薔薇」
<チェンマイにご興味とご縁がある方の情報交換の場!>



二つ目のコミュは、「一日一分タイ語一語一会」
<一日一分タイ語に触れて、1年で365語、、、>


です、、、。

今までの自分なら、全く考えられないような、
ある意味暴挙な行動に出ました。

「石橋を叩いて渡る」という言葉がありますが、

ワスの性格は、

「石橋も叩かずに渡らない」

すなわち、慎重に物事に取り組もうとする以前に、
その状況を拒否して、遠巻きに眺めているようなタイプです。

そういう面倒くさがりやで怠け者的な傍観者のワスが、
よりによって、ミクシィー内でコミュを運営していくのですから、
当の本人が一番の驚きです。

幸いにして、開設3週間で、、、

「チェンマイの蒼い薔薇」は登録数30人を超え、、、

「一日一分タイ語一語一会」に至っては、
170人を突破しました。

何にも行動を起こしていなかったら、
ワスなんか、只のチェンマイの泥酔者にしかすぎません。

この「タイ(語)」及び「チェンマイ」のキーワードの中で、
コミュを通じて、全く見ず知らずの人との交流が成立します。

これって、ほとんど奇跡的なことです。
身が引き締まる想いです。

本来、風来坊の自分が、このチェンマイの地で、、、

ネット上の多くの人に後押しされつつ、
こうしたアクションを起こしているのも、
この<mixi>の存在のおかげだと感謝しています。


{4}「日記」&「コメント」について、、、

最後に、
この<mixi>「日記」&「コメント」に関する基本方針、
あるいは、自分なりのルールを簡単に触れさせて頂きます。

元々、人見知り、消極的な自分が変わったのは、
マイミクで、タイポップスに造詣の深いSLYさんの、
次の言葉を目にしてからでした!

<来る者は拒まず、去る者は追いかける!>

何と、シンプルで潔い、迷いなき行動でしょうか!

これまで、嫌われたり、拒絶されたらどうしよう、、、
という妙な意味のない先入観に捉われ、
己の行動を規制していた嫌いがありました。

そういう枠組みを取っ払って、
広いオープンな気持ちでいると、、、

<迷ったら、GO!> で、

結果は、是にしろ非にしろ、後からついてくるはずです。

そして、誰に命令されたわけでもないですが、、、
自分なりの<mixi>内のルールを決めてます。


1.コメントを頂いた方には、必ず返事を出す。

2.相手に対しては、常に、一対一の気持ちで接する。

3.返事は、できる限り、迅速に丁寧に、、、を実践する。

4.自分の日記やコミュでは、自分のコメントが、
一番ケツになるように心がける。


小さい頃から、武道に接してきたこともあり、
上記の4つの項目に関しては、
相手に対する最低限度の「礼節」であると考えてます。

ただ、それを相手に押し付けようなどとは、
毛頭考えてはおりません。

あくまでも、
自分なりのネット上でのこだわりに過ぎないからです。

ただ、その自分に敷いたルールに縛られるあまり、
<mixi疲れ>を増幅しているようであれば、
己自身の行為が、本末転倒になってしまいます。

できれば、<mixi疲れ>という言葉は言葉として認識し、
莫大なネット上での交流に溺れ流されないよう、
自分自身を自主管理規制に努めていくべきだと考えています。

そういう<mixi>での環境状況を踏まえながら、
潜在的マイミクさんから発展し、
マイミクさんとのネット上での虚像のお付き合いを通して、

いつか、目も鼻も口も耳も伴った、
リアルな実像のあるお付き合いに臨めましたら、、、

これに勝る喜びはないと、
漠然とではありますが感じております。


この記事へのコメント
私もそうですが、メールくれた方やコメント書いてくれた人には、返事を出さないと気が済まないと言うことは、タイフリークさんも以外に?几帳面な性格だと思いますが!?(笑)

ま〜、あまり真剣に考えないで、マイ・ペン・ライの遊びの?精神でミクシーやって行けば良いと思います!!
Posted by アッサニー at 2006年07月23日 18:20
>会長、、、

一応、自分の中でルールは作っているのですが、
最近、タイムリーにご返事を出せないでいます。
結局、その辺の折り合いを自分でつけていかないと、
まさしく、長続きしないですよね。
反省点の一つです。
<マイペンライ>の精神でしょうか?
確かに、救われる響きですね!
押忍!
Posted by タイフリーク at 2006年07月23日 18:52
記事は自分も見つけて読んでいました。


うーーむ。
まぁ。。。
自分自身で管理していくことなんでしょう。

わかっていてやっていればいいと思いますが。
自分的には仕事中にはやらない。と心がけるようにしています。
僕は書き込みも少ないし。(笑)
Posted by うぶすぶ at 2006年07月24日 13:34
>うぶすぶ殿

あのうぶすぶ殿ですよね。
ご無沙汰しております。

これまで、他の書き込みでは、
身近にクロスしたことがよくありましたが、、、

うぶすぶ殿ご自身が、
こちらの方へ、書き込み下さったのは、
初めてではないでしょうか?

どうもありがとうございます!

確かに、仕事中に、あれは、控えるべきですよね。

今後とも、どうぞ宜しく!
Posted by タイフリーク at 2006年07月25日 01:06
こんな遅くになってのコメントは逆に迷惑かもと思ったのですが
「縁(えにし)」という言葉、やっぱりいいですよねー。

私はmixiと同じようなSNSの開発に携わったことがあるのですが、システムの名前を何にするか、という議題で
「縁(えにし)」がいいという案がでました。
大賛成だったのですが、外国人の社員にも確認を取ったところ、
「えにしの発音が『NEC』に聞こえる」ということで却下されたということがあります。
(ライバル会社なので・・・)

日本人からすると「えにしからNEC」にはまったく結びつかないのにおもしろいですよね。
Posted by じゅんこ at 2006年07月29日 08:58
>じゅんこさ〜ん

いらっしゃ〜い、、、!

前に遡ってのコメントどうもありがとうございます。

それにしましても、貴方様が、
SNS開発に携わっているというのも凄いですが、

「えにし」と「NEC」ですか、、、

ウ〜ン、云われてみますと、
日本人には、全く結びつかないような発想ですが、
外国人社員ならではの、音感による「NEC」の連想、、、

とても面白いエピソードですね。

ところで、その後、その月曜日がきてしまいましたが、
じゅんこさんの進路はいかに、、、

うまくいかれますことを願っております!
Posted by タイフリーク at 2006年07月31日 07:58
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