2006年07月22日

「mixi疲れ」について考えてみる?!(前半)



昨日、いつものように、
<mixi>のマイミクさんの日記を読んでいると、
Tさん「mixi疲れ」なる記事が目に留まった。

何でも yahoo で、
この「mixi疲れ」について取り上げていると云う。

いろいろ探していたが、忙しさにかまけて、
そのまま放置していたところ、

タイムリーにも、今度は、同じくマイミクのJさんから、
そのアクセスアドレスの情報を得て、
一応、その全文を読み通してみた。

なかなかに難しい敏感な要素を内包しており、
迂闊にコメントできないのであるが、、、

やはり、当事者としては、
背を向けてはいられない内容を含んでおります。

今日は、このブログで、のんびりと、
<アッサニー&ワサン>を取り上げるつもりでしたが、
急遽、この「mixi 疲れ」について言及したいと存じます。

<元記事>は、→ こちら!

一応、「mixi疲れ」の内容を代表して、
そのyahoo の記事を以下に添付して全文をご紹介致します。




「mixi疲れ」を心理学から考える

 SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)「mixi」で頻繁に日記を書き、多くの「マイミク」と交流している人が、コミュニケーションに疲れ切ってmixiを突然辞めてしまう――「mixi疲れ」とでも呼ぶべきこんな“症状”が、一部のmixiユーザーに見られている。

 自ら好んでmixiに参加し、コミュニケーションしているはずなのに、辞めたいほど疲れてしまうのはなぜなのだろうか。SNSのコミュニケーション心理に詳しい野村総合研究所上席研究員の山崎秀夫さんに聞いた。

●やめられない、止まらない

 「日記を書いてから5分以上レスが付かないとそわそわします。病気かもしれません」――mixiユーザーの中村初生さんは自らを「mixi依存症」と認め、2004年のある日記にこう書いた。当時の中村さんは、ほぼ毎日日記を書き、友人からのコメントにも欠かさず返事していた。

 mixi日記は、ユーザーによっては、一度書き始めると止められなくなってしまう。日記へのコメント機能やアクセス履歴を表示する「あしあと」機能が、ユーザーに「快感」を引き起こさせるためと、山崎さんは説明する。

 自分の日記にあしあとやコメントが付くと、周囲から認められたという「認知欲求」、自分を受け入れて欲しいという「親和欲求」が満たされ、それが快感になるという。好意を持っていたり、尊敬している相手からあしあとやコメントが付くと、さらに高い快感が得られるため、快感を求めて日記を更新し続けるという“中毒”症状につながる。

 加えて「好意の返報性」も働く。人から受けた好意に対して同じだけの好意を“お返し”し、心のバランスを保とうとする作用で、mixi上では、自分のページにあしあとをつけたり、日記にコメントをつけてくれた人に対して、あしあとやコメントを返そうとする行為として現れる。これによって相手にも好意の返報性が働き、自分の日記にコメントやあしあとが付きやすくなるため、応酬がエスカレートしていく。

 つまり「コメント欲しさに日記を書く」→「コメントが付いて嬉しくなる」→「コメントをくれた人の日記にもコメントを返す」→「自分の日記へのコメントが途絶えると、コメント欲しさに新たに日記を書く」──というサイクルが際限なく続くのが“mixi日記中毒”の正体と言える。

●マイミクは「社章のようなもの」

 友人同士をリンクで結ぶ機能「マイミクシィ」(マイミク)が、この応酬をさらにヒートアップさせる。ユーザーは、別のユーザーにリンク申請して承認されると、自分の「マイミクシィ一覧」上に相手が表示される。マイミクはいわば、友人である証だ。

 山崎さんは「マイミクは、社章のようなもの」と言う。社章を付けた人は、その会社の社員であることを強く意識し、社員としてのふるまいを強化する傾向があると考えられている。A社の社章を付けた人は、より「A社の社員らしくふるまおう」と意識するといい、社会心理学で言う「役割効果」が発揮される。

 マイミクも役割効果を持っているという。マイミク登録・承認することにより、「私はこの人とマイミク(=友人)なのだから、友人らしい振る舞いをしなくては」と意識するためだ。

 mixi上では、あしあとを付けたり、日記にコメントすることが友人らしいふるまいとなる。少数のマイミクだけと付き合っている間は問題ないが、見知らぬ人や1度きりしか会ったことがない人など「にわか友達」をマイミクに加え始め、全員のページにあしあとやコメントを付ける――という作業を繰り返していると、だんだん無理が出てくる。

 見知らぬ多数のマイミクと親しく振る舞おうとする努力は、飲食店店員の笑顔のようなものという。当初は、少ない客に対して心からの笑顔を見せていた店員も、客が増えて忙しくなるにつれ、笑顔が義務化し、笑顔を作ることに疲れ、ストレスをためてしまう。関係が薄いマイミクにあしあとを付け、コメントを付けては疲れるという“mixi疲れ”の症状も同じ構造だ。

●“mixi疲れ”から抜け出すには

 mixi疲れから脱却するためにはどうすればいいのだろうか。山崎さんは、(1)mixiは土日だけしか使わない、といった自主規制ルールを決める、(2)マイミクの数を整理する、(3)会ったことがないマイミクと会う機会を作り、自分と合う人か見極める――といった解決策を提案。最終的には、ユーザーの精神的な自立が必要と説く。

 とはいえmixiは、職場や近所などリアルなコミュニティーの付き合いが希薄となった現代で、その枠を超えた“社交”を可能にし、日々のストレスをいやしてくれるツール。その意味では「国民栄誉賞もの」と山崎さんは評価する。

 mixiをコミュニケーションツールとして気持ちよく使うためには、依存からの脱却は不可欠だ。米国で9000万ユーザーを集めるSNS「MySpace」では、SNS依存についての議論が始まっているという。日本でも、真剣に考えるべき時が来ているのかもしれない。




さて、いかがでしょうか?

ワスも3度ばかり、繰り返し読ませて頂きましたが、
なかなか痛いところを突かれているんですよね。

ワスが、<mixi> 登録しましたのが、
4月末日ですので、驚いたことに、
まだ、3ヶ月も経っていません。

自分の感覚の中では、
1年とはいいませんが、軽く6ヶ月は過ぎているような、
そんな錯覚に陥ってしまいます。

それだけ、日々の生活の中で、
この<mixi>に時間をかけ、
依存している割合が大という証でもあるのでしょう。

今、アパレル関係の営業の仕事で、
外回りをすることが多いのですが、

ついついITカフェに立ち寄り、
先ごろ<mixi>内で立ち上げたばかりの、
2つのコミュのトピック更新やコメントの返信に充ててます。

夜は、夜でもう大変ですよ。

何しろ、眠らないんですから、、、
(ウソみたいでしょう?!)

ずっと不眠症をいいことに、
3日で3時間ぐらいしか眠らないような、
メチャメチャな生活が続いています。

その間、かなり、
<mixi>に時間を充てているのも事実です。

ですから、「mixi疲れ」の記事を読んだときは、
大きく頷く反面、何とも複雑な気分でいっぱいでした。

ただ、自分としましては、
当事者でもあり、またこの気弱で優柔不断な性格上、
物事を否定的批判的よりはむしろ好意的に捉えてしまいます。

少々、<mixi>につきましては、
ワス自身のコメントが長くなりそうですので、、、

今日は、自分自身に対する<mixi>の問題提起に留め、
ワスなりの考えは、明日の紙面に譲りたいと念じます。

いろいろご感想等ございましたら、
このブログ上でも<mixi>の方にでも、
お気軽にコメント頂けましたらと存じます!

この記事へのコメント
以前、メール依存症なる記事を読んだ事あります。メールばかりしていて、頻繁にメールチェックして、メール送って返事が来ないといてもたってもいられなくなる症状だそうです。この”mixi疲れ?”症状もこのような感じなのでしょうか?私は以前から思っていたのですが、このmixiって悪く?言ったら、一種の”ネズミ講”みたいなものだと思っています。ただ、金銭的に問題が無い分まだましですが!?あまりにはまるのもまずいですが?(と言っている私もはまっていますが?汗)、あくまで楽しみ、趣味のひとつという気持ちでやっていれば良いと思います。

Posted by アッサニー at 2006年07月22日 15:36
>会長、、、

これは、なかなかに難しいですね。
<mixi疲れ>にもいろいろな症状があるのかと存じます。

<メール送って返事が来ないと、
いてもたってもいられなくなる症状、、、>

ワスの場合は、どちらかというと、
そうなら、ホッとしますが、、、
(と、云いましたらバチが当たりますね、すみません。)

どちらかというと、どうしても、
真面目に一人一人に返事を出してしまうようになるのも、
一種の<mixi疲れ>なんでしょうか。

要は、自分の気の持ち方なんでしょうが、
確かに痛いところを突かれています!
Posted by タイフリーク at 2006年07月22日 18:43
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