2006年06月01日

チェンマイから15年ぶりのアメリカへ、、、


大洪水による夜行列車引き返しなど紆余曲折ありましたが、
5月24日、10:40発のノックエアラインで、
チェンマイからバンコクへ出ました。

ここからアメリカ到着までの長い長い一日が始まります。

バンコクドンムアン空港到着後、
エアポートバス100Bで結局カオサンまで出る。
久々のカオサンで、1泊180Bの個室の宿をキープ。

近場で、インターネットカフェを探すが、
ものすごい数があり、逆に、選ぶのに困る。

急ぎのメールのやり取りに終始し、早々に日も暮れる。
翌日のUA882便が早朝6:40の出発であり、
気もそぞろで、ついついビールとか夜遊びとか怖くてできない。

眠ろうとして目が冴え、焦れば焦るほど眠れやしない。
カオサンロードで、焼きそばやオムレツライスのテイクアウト。

結局、深夜2時にチェックアウトし、
割高ではあるが、空港へはタクシーで向かう。
タクシー料金は、180Bでチップを入れて、ちょうど200B。

いよいよ、期待よりは不安でいっぱいの、
アメリカ行きの賽は投げられた。

午前4時から、
ユナイテッドエアラインのチェックインを始め、
ものものしい厳重な取調べを受ける。

とりあえず、
バンコク−成田、
成田−シカゴ、
シカゴ−メンフィス  
のチケットを得る。

結局、アメリカ入りは、因縁のシカゴということらしい。

大物荷物一つをカウンターで預け、シカゴで一度受け取り、
再度荷物のチェックインでメンフィス行きと相成る。
そううまく問屋が卸してくれるや否や。





どうもシカゴのイミグレでケチがつくような気がしてならない。
<下手すれば、そのまま強制送還もありうるか、、、。>

その覚えに対して、2つ3つ理由がある。
(決して犯罪などには関与しておりませんが、、、、)

<どうもネガティブ思考でいけませんねー?!>

成田まで約6時間。2度の食事と2度の映画鑑賞。
何度となく飲み物のサービスがあり、
結局は禁を破り、アルコールやワインを少々??嗜む。

一時でも不安を忘れられる手助けになるかと願い、
ぐっすり眠りに入る誘発剤としての役割を期待したが、
アルコールを飲めば飲むほど目が冴え、不安感が増長される。

もう、<まな板の鯉>、成るようにしかならない。
仕方ないので、何も考えず、成り行きに任せることにする。

成田での乗り換えも全く問題なく、
後は、シカゴでの審判を待つばかり。

シカゴへの機上で、ここでも甲斐甲斐しく、
映画4本と、3度の食事(スナック)&無数の飲み物サービス。

驚いたことに、シカゴとタイは時差がちょうど12時間。
(アメリカのサマータイムがしっかり効いてます。)


換言すれば、昼夜がちょうど真反対になり、
ワスのアナログ時計は調整する必要は全くなし。

(シカゴ−メンフィスもタイムゾーンが一緒で、
タイとの時間差は変わらず。)

13時間ほどの乗り心地も無限に続くがごとき、
長かったような、それこそあっという間のような、、、
何とも時間の感覚のなさに呆れてしまう。

変わらないのは、ずっと興奮のしっ放しで、
アルコールの力を借りても眠れないこと。

そして、シカゴ現地時間の午後2時過ぎ、
懐かしのシカゴオヘアエアポート到着。

<まさに15年ぶり、感無量、、、>

ここで、税関申告や出入国管理書の記入の仕方で大いに悩む。

現住所は明らかにタイではあるが、
パスポートの発行地や宿泊先など、
いろいろ悩み出すうちに、何度も記入をしくじる。

睡魔のせいで、冷静な判断ができずに、
物事を悪いほうへ悪いほうへと考えてしまうのだ。

さらには、イミグレでの無数の人の数、数、数、、、。
その数はインターナショナルに亘って半端な数じゃない。

実際、自分の番が来るまで、ぎっちり2時間待たされた。
<ディズニーランドの人気アトラクションじゃないんだから、
もうちょっと、何とかならんものでしょうか、、、、>


アメリカのイミグレを通過するまでの、
あの精神的肉体的苦痛の静かな拷問。

いよいよ自分の番が来たときの逃げ出したいような気持ち。
たまったもんじゃないですよ。

スカス、結果は、というと、、、、、

全くノープロブレムで、
逆にスンナリいき過ぎて、怖かったぐらい。

やはり、事前にアメリカの正規のビザを申請して、
取得していたのが功を奏したようです。

(チェンマイ発行の日本国パスポートで、
機械読み取り式パスポートでないゆえ、
しっかりアメリカ渡航ビザが必要でした。)

他の人が異常に時間がかかり、手間取っているのに対して、
ワスなんて、ほとんど、ノーチェック。

係官から何日滞在予定かを聞かれ、
「1week」と答えると、

何と何としっかり、
「半年」滞在できるスタンプが捺されておりましたもの。

左右の人差し指の指紋を取るのにはちょっとビビリましたが、、、

静かにパスポートを返され、係官の横を無事通り過ぎたとき、
何とも切なく爽やかな一陣の風が心の中を吹き抜けました。

<ヤッター、アメリカ入国完了>

シカゴオヘアでのその後の苦労は、もう、なんのその。
トラブル、ハプニングは、それ自体がもう、イイ思い出。

1.メンフィス行きの出発ロビーが、
直前になって、C5からF5への変更。

はっきり地平の果てから果てと思えるぐらいだだっ広く、
かなり歩かされました。

2.機内食で出たミカンを一つ残しておいて、
カバンに入れておいたら、検疫所で一悶着があり、
最終的にはたかがミカン一個だが、しっかり没収された。

3.I 氏にコンタクトを取るために、
ペイフォン用に小銭を求めるが、、、

どこのお店も1ドル札を4枚の25セントの両替してくれず
そのビジネスライクな人を見下したような態度に辟易させられる。

4.ようやく、コインを手に入れて、
50セントで国内かけ放題のペイフォンに、
プッシュフォンするが、どうにもこうにもアクセスできない。

コレクトコールや、指名コールもトライするが、
どうしても、電話が正常に作動しない。

最終的に、係りの人に頼み込んでやってもらったが、
結局原因不明のまま、先方には、電話が繋がらず、アウト。

5.オヘア出発時に、かなりの雨になり、機内待機で、
メンフィス行きは一時間遅れで、ようやく出発。


そこから、国内線小型飛行機は、
危なっかしく一路メンフィスへ。

大幅な遅れでエルヴィス=プレスリーの聖地へ到着。

到着ロビーでI氏とH氏の温かい歓迎を受け、
そのまま、I氏の洒落た日本食レストランに雪崩れ込む。

時計は、夜の11時半を過ぎている。

そこで、すっかり最高に美味の料理とお酒で、
御もてなしを受けました。

<無作為に続く>

この記事へのコメント
タイフリークさ〜ん、結局帰りは日本で降りるんですかぁ? もし、そうならいつですか? メール下さい!
Posted by SLY at 2006年05月31日 00:37
SLY殿
ご無沙汰しております。
早速、取り急ぎ、メールをお送りさせて頂きます。
どうぞ、ヨロシクで〜す!
Posted by タイフリーク at 2006年05月31日 07:19
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