2010年11月03日

「嗚呼、18の雨!?」



10月も過ぎ去り、
11月に入ってしまいました。
今年も、残すところ、後、2ヶ月あまり。。。

チェンマイもここ数日、
急激に冷え込みが進んできました。
雨季が終わり、もうすぐ乾(寒)季の到来です。




最近、ネット上で、高校時代の友人と、
偶然、知り合う機会がありました。

これには、心底驚きながらも、
何とも不可思議な感情が喚起されて、
年月の移ろいの早さを、身に沁みて感じ入った次第です。


高校を卒業する18歳という年代は、、、
子供から大人への過渡期でありながら、
未熟であるくせにそれを認めるのがイヤで妙に突っ張っていたり、

将来への漠然ととした不安を心の奥底に内包しつつ、
爆発せんばかりの夢幻のエネルギーの発散場所に戸惑いながら、

己自身を制御する術を模索すべく、
日々、試行錯誤の真っ只中にいたような気がします。




さて、今から10数年前に聴いたスア=タナポンの代表曲。。。
「18フォン(18の雨)」は、
そんな若者の迸る感情が発露されたタイポップスの名曲中の名曲です。

強烈な「生命の歌」、、、
アウトローのインパクトがありました。

どうにもやり場のない現実の狭間の中で、
怒りや苦しみや葛藤に苛まれながら、、、
生きるということを問う歌です。



原曲では、タイの3つの季節に合わせて、
(暑季→)雨季→乾(寒)季になぞらえ、

18年間、生きてきたということは、
必然的に、18年の廻るめく季節を淘汰しながら、
人生の様々な体験を経て、成長していく過程を暗示します。

換言すれば、そういう季節を経て初めて、
子供が青年となり、大人への現実に至る関門でもあるわけです。



ただ、その若者の時期においては、自分自身が見えずに、
ただ、闇雲に、もがき苦しみ、
自我の目覚めに圧倒されるのが常でしょう。

原曲の詞にあるように、
「雨」や「寒さ」は、比ゆ的に、ネガティブなイメージを髣髴させ、
つらい試練の象徴にも受け止められます。

けれど、一方で、
雨があって、燦燦とした陽光の晴れ間を感じ、
寒さがあって、暑くて熱い次のステージを恋焦がれます。



このスアさんの「18フォン」の歌を初めて聴いた時、
胸を抉られるような感動と共に、
遠い昔を思い出して心に痛みさえ走りました。


そこで、またまた非常におこがましいのですが、
その「18フォン」に大いに触発されて、

まだ、20世紀だった時代に、
慰みのために、自分自身の言葉で綴った、、、


「18の雨」



蛇足ではありますが、、、

サビの部分で、原曲では<18フォン、18ナーウ>と雄叫ぶところ、
<18レイン、18ペイン・・・>(「18の雨、18の痛み・・・」)
と韻を踏んだフレーズがはまって、非常に気に入っています。。。

また、歌い出しでは、思いっきり、言葉遊びに終始して、
最初の4小節では、「ち」で終わる体言止め、、、

続く8小節は、同様に「り」で終わる体言止めで、
ちょっとアンニュイで無機質な名詞の羅列を繰り返します。

さらに、「堕天使の都」は「バンコク」、
「北方の薔薇」は「チェンマイ」をシンボライズして、
これまでの歌同様、何度も登場してくるキーワードになっています。


性懲りもなく、
YouTube にあげていますので、
また、覗いてみられて下さいませ。



******************************

「嗚呼、18の雨」 By TF


苛立ち 心の轍(わだち) 報われぬ街 夢の形
裏切り 無いもの強請り 届かぬ祈り 紺碧の杜
独りきり 行き止まり 世間の煽り 咎(とが)の蟠り

惑い 戸惑い 誘惑の影
孤独の鎖 断ち切る術もない

18 Rain 18 Pain

断絶の雨
逃げるな 振り向くな 堕天使の都




壁が塞がる 壁が 心の襞(ひだ)に見えない壁が・・・
ぶきっちょ者 利口になれず 18 生きて 土砂降りの雨
未来 未来はどこに 誰が知ろうか 心の内を・・・

病んで 悔やんで 愛惜の情
時の逆流 抗う術もない

18 Rain 18 Pain

濡れ衣の雨
怯むな 見縊るな 北方の薔薇

******************************







嗚呼 ・・・

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。