2010年09月02日

「嗚呼、アンダマン海の真珠!?」



<タイポップス替え歌第3弾>


(またまた、性懲りもなくプライベートな内容にて長くなりそうですので、
お暇でない方は、どうぞそのまま、スルーなされて下さいませ。)





世界中で今なお、我々の想像を絶する、
文化や宗教、民族を違えた泥沼の紛争が続いている。

それとは別に、一見平和な社会に身を置きながらも、
時に、過酷なストレスに侵され、
生きることそれ自体が、日々、闘いの連続であったりする。

ワスにとって、タイとの絡みの中で、
切っても切れない3つの縁あるエリアがある。
それは、バンコク、チェンマイ、ソステ、プーケット。。。

20年ほど前、極寒の風の街アメリカシカゴから、
ふとしたことで迷い込んだ炎熱の魔界都市!?バンコク。

それから、とんだトラブルに遭遇し、
心の痛手を癒しに訪れた南海の島プーケット。

その感傷旅行の最中、まさか彼の地プーケットに、
そのまま1年近くも滞在することになろうとは、
当時、夢にも思わなかった。

プーケットで生まれて初めてのダイビングを体験、、、
その神秘の世界にすっかり虜になり魅了され、
パトンビーチの某ダイビングショップにスカウト!?され就職。

ショップでステキなアパートとバイクを提供され、
毎日途切れなく、世界中から集まってくる観光客を案内して、
日中は近場のピーピー島などへダイビング三昧。

毎夜毎夜、ディスコやバービアに繰り出して、
夜が明けるまで、放蕩の限りを尽くす。
まさに南国のパラダイス。

毎日がもう楽しくて面白くて愉快で仕方なかった。

スカス、その一方で、もう一人の別の自分が囁きかける、、、
これは、「現実逃避なんじゃないの!?」、、、って。。。

観光客に誠心誠意、精一杯のサービスをすれば、
ビックリするぐらいのチップを頂戴し、

そのお金を一晩でキッチリ散財しては、
夜通し、正体をなくすまでビールを浴びるように飲む。

ソステ、、、突然、天罰が下る。

毎度のように二日酔い、徹夜明けで、海に潜り、
突如、そのダイビング中に、両内耳から脳天に激痛が走り、
水圧で、鼓膜が著しく損傷された。

暫く、絶対安静で、仕事も休み、
自分自身のプーケットでの愚かで怠惰な日々を振り返った。

そんなある日、、、
どこまでも続く水平線の彼方に沈む夕陽を見つめながら、
浜辺の心地良い風に身をまかせていると、、、

その刹那、どこからともなく流れてくるトランジスターラジオの調べで、
静かに洩れ聴こえるタイ歌謡の何とも哀切に満ちたメロディーに、
理由もなく、一発で、スッカリ、心を奪われてしまった。

その頃売り出し中で、若く整った顔立ちのテーが唄う、

<ヂャイナムケング>「氷の心」

という初めて聴くタイポップスだった。

人づてにその音楽のタイトルを尋ね、
屋台でそのカセットを求め、
繰り返し繰り返しその歌ばかりを聴いた。

意味はサッパリわからない。
ただ、聴けば聴くほどに、
たまらなく哀しい気持ちになってくる。



その当時、月に何度か、アメリカ海軍かどこかが、
プーケットの近場の港に横付けして、
その海兵隊の団体連が、ネジが飛んだように狂乱の宴を演じていた。

まるで、今日のこの瞬間に、
生命を削るように、いとおしむように、
飲んで、騒いで、一夜限りの女に溺れていたのだろう。

ソステ、一定の滞在期間が過ぎれば、
中東などの現実の戦場の渦中に、容赦なく、
再び、出向していくに違いない。

幸いにも、その後、ワスの耳は完全に治癒した。
それから、短期間ではあるけれど、真剣に、
自分を夢中にしてくれたダイビングに取り組んだ。

3ヶ月ほどで、プロの範疇に入るダイブマスターの資格を得た。
1年間の実務経験がないとインストラクラーの資格は取得できないので、
これを一つの区切りにして、プーケットを離れる決意をする。

プーケットに居れば居るほど、そのあまりの居心地の良さに、
自分を見失い、現実に戻れない畏怖がどこかにあったからだ。

プーケットに滞在した1年間は、
タイに住んでいながら、全くタイ語も解さず、
自分史の中で、一種のモラトリアムだったのかもしれない。

その後、バンコクに戻って、今の家人のアパートに転がり込んで、
現実に対峙しながら、初めてタイ語の勉強を始めた。

一年後、そのまま家人と結婚して、
チェンマイに移り住み、それからウソのように、
今日まで、18年の歳月が、アッという間に流れる。

今でも、プーケットで過ごした日々を考えると、
胸が熱く疼き、云われない微かな小波が立つ。

プーケットからバンコクに移ってタイ語を勉強していた当時、
タイ文字を習って、まず最初にしたことは、

あの想い出のタイポップス<チャイナムケング>の、
その歌詞の内容を紐解くことだった。

それが、その歌をカラオケなどで口ずさむほどに、
いつしかプーケットの情景がストレートにオーバーラップしては、

全く自分自身の別の物語世界が日本語になって、
その歌のメロディーの中でひとつの像を結んだのです。

プーケットは、別名、
「アンダマン海の真珠」と呼称されています。
見事なまでに、云い得て妙です。



***「アンダマン海の真珠」 By TF: タイフリーク*****

潮騒が胸を射る サンライズ 息吹の飛沫
椰子の樹と白い砂地の交わる楽園 深く瞼に焼き付けて

マリンブルーのハーモニー 過去と未来を紡ぐ凪
寄せては返す波音の子守唄 まるで天使の癒し

   サヨナラ いたいけな水平線 遠浅の海にたゆたう珊瑚礁
   闘い飽いた 束の間の逃避行に ピリオドを打つために・・・


自然の中では人なんて 渚に漂う泡のよう
風雨に晒された岩肌の潔さ 憎しみは忘却の彼方

ハイビスカスの咲き誇る丘 サンセット 実りの祈り
人を厭う愚かさに気づかせてくれた 夕闇に浮かんだまほろば

   サヨナラ いたいけな水平線 遠浅の海にたゆたう珊瑚礁
   闘い飽いた 束の間の逃避行に ピリオドを打つために・・・

   七色に表情を変える アンダマン海 静寂も情熱も真珠の輝き
   生きてることに 潤いを与えてくれた もう一度 戦場に臨む・・・

*********************************







嗚呼、、、

最後に突拍子もない言葉で結び、奇異に感じられますでしょうが、
テーが歌うこの歌のエネルギーに感応して、
自分がプーケットを離れ、別の地に動くというただそれ自体が、

海兵隊の人が、覚悟の上で、戦場にカムバックするように、
「逃げられない現実」という名の社会の戦場の中へ、
単身赴く勇気に等しかったんです。


生ある限り、偶然なのか、必然なのか、はたまた運命なのか、
人は、どこへ、流れていくのでしょうか???


(ワスは、こんな歌を歌いながら、ある意味、
自分自身が、今、この瞬間、紛うことなき、
現実逃避をしているのかもしれません・・・)
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