2006年03月11日

懐かしき友とムーカタパーティーに酔いしれて、、、




前述の親父様、お袋様と、今回のチェンマイ最後の夜を、
ムーカタパーティーにて締めくくった。

ムーカタとは、ここ最近定着して、庶民の味として親しまれている。
とにかく、手軽さとボリューム度でこの値段は安すぎる。

ムーとは、ご存知「豚」を意味し、
カタは、中華風鍋から由来した、浅くて丸いバーベキュー鍋を指す。

いわゆる、日本でも逆輸入され、
言葉としては定着した感のあるタイスキは、
どちらかといえば、日本のシャブシャブ料理に近く割高だけれども、
後発のムーカタは、いくぶん安めで、
バーベキューや同じ鉄板の上で、スープまで味わってしまおうという
大胆にしてお洒落な調理方だ。

名前にもなっている豚肉の他、
鶏肉、牛、魚貝類、野菜など何でもありで、
お一人様いくらで食べ放題というのが一般的である。

安いところだと、昼間で29B(90円)/一人あたり、
というところもたくさんあったが、
夜は通常、少々高めの料金設定になっている。
(昼夜変わらない値段の店もあるが、
総じて、最近はムーカタの料金も上がってきた。)

ニチャー今日、ご案内したのは、
エアポートプラザ近くにある、
ニチャーというムーカタ専門店。
料金は一人あたり85B(約250円)
と少々高めだが、
新鮮な野菜やお肉、
魚なども種類が豊富だ。


この夜は、以前勤めていた会社の知り合いが集まった。
総勢20人あまり。
この会社では何とも胸がチクリと痛いほろ苦い想い出がある。

会社1 会社2

以前勤めていた会社。  皆、一生懸命ミシンを踏んでいる。


会社は、財務の関係上、一つの敷地に2つの工場を構えていたが、
それぞれ、80名ぐらいのミシン踏みの従業員を有し、
主に日本向け女性用のファッションハットを製造販売していた。

ワスの仕事は、現場の生産管理で、
日本サイドとの折衝にもあたる。
現場は一部の男性スタッフを除くと、ほぼ全員女性で、
何となく面映い気持ちが付きまとった。

夏物、冬物の出荷納期が近づくと、
気が違うほどの忙しさに苦しめられたが、
実際、従業員皆と仲良く打ち解け、
現場では概ね、和気藹々と仕事に打ち込むことができた。

ワスは、仕事に慣れてくると真っ先に、
ミシンのお踏み子さんとオフィススタッフを含め、
全従業員200名あまりの名前を覚えた。

次に、秘密裏に、オフィスの人事スタッフに頼んで、
全従業員の名前と誕生日をリストアップしてもらった。
同時に、工場内を歩きながら、根気よく、
全員の写真をデジタルカメラに撮らせてもらった。

後は、コンピューターにファイルして、
暇さえあれば、写真と誕生日が一致するまで、
何度も何度も復唱した。

また、工場内を歩きながら、ブツブツと、
口の中で、顔と名前と誕生日が瞬時に出るまで、
繰り返し、繰り返し、覚えた。

その甲斐あってか、わずか1週間ほどで、
丸暗記したつもりであったが、
ちょっと油断するとすぐ、頭からすり抜けていくので、
とにかく、日課のようにブツブツ繰り返していた。

それから会社の慰安パーティーなどの席で、
従業員の車座の場を回りながら、
OOさんの誕生日はいついつだよねーとすると、
これが、メチャメチャ受けた。

タイ人はとりわけオープンであるので、
じゃあー、私は?私は??とだれかれ構わずワスに尋ねてくる。
それに間髪を入れずに答えると、目を剥いて喜んでくれる。

今、考えると、ちょっとキザではあったけれど、
その後、一人一人の誕生日に、、
心を込めて、スッ(ク)サンワンカート(お誕生日おめでとう)
と云って、チョコレートをこっそり手渡した。
200人ぐらいいるので、ほとんど毎日誰かに贈っている計算になる。

それぐらい、従業員に愛着のあったこの会社を去った。
会社との意見の相違があり、残念ながら退社するしかなかった。
(ただ、その後もその会社の社長との人間関係は損なわずに、
今も、ゴルフコンペでご一緒させていただいている。)

退社の当日、工場の全従業員が見守る中で、
<涙だけは、死んでも見せへんゾー>と、
悲壮な覚悟で、いろいろ言葉を濁した後で、最後に、

「私は、皆さんのことは絶対忘れません。
また、チェンマイのどこかで自分の顔を見かけたら、
気軽に声をかけて下さいね。どうもありがとうございました。」
これだけのことを、何とか涙を零さずに、
タイ語でうまく挨拶できた(つもりだった)。

その直後、みんなが駆け寄ってきて、
綺麗に包装された一つの小さな箱を贈られた。
「開けてみて」と云う。

中からはシチズンの新品の腕時計が出てきた。
その直後、「これは全従業員からの贈り物です。」と、
1枚の用紙に全員の名前のリストを見せられ、
その横に記してある20B、30B、50Bという数字に、
みんなが一人一人、お金を出し合ってくれたものだとすぐにわかり、
ギリギリまで堪えていた涙が滝のように流れ出た。

号泣という生易しいものじゃない。
我慢していた分だけ、
反動がすごく、しゃくりあげるように、
いつまでも人前で泣き続けた。
(本当なら、切腹物で恥ずかしいったら、ありゃしない。)



ムー1


それから、10ヶ月。
心にチクリと痛みを残したまま、
その夜、懐かしい面々と久しぶりに顔を合わせ、酒を飲んだ。

ここに集まった連中は、自分と同じように会社の方針に合わず、
その後、自主退社したとの由で、
いみじくもちょっとした同窓会の様相を呈してきた。

ただ、突然のことで一瞬焦ったのが、
何人かの名前が出てこない。ド忘れである。
しかし、飲むほどに酔うほどに、
頭のどこかのネジが緩んできて、すっかり、思い出した。

順番にひとりひとり、名前と誕生日を唱えていった。
16人中、二人だけ誕生日をちょっと間違えた。
しかし、その他はピタリと言い当てた。

ムーカタパーティーであるのに、
自分は食事は一切取らずに、
この日はひたすら、杯を酌み交わし、飲みに飲んだ。
いやー、気持ちよく酔っ払った。

ムー2

親父様も、お袋様も、
飲みに飲まれた。
皆、気持ちが一つになって、
最高に心が高揚した瞬間だった。



そして、記憶は一瞬にして、霧の果てを彷徨う。
気づいた時には、夢のそのまた夢の中だった。








この記事へのコメント
この記事読んで涙出てきちゃいました。

なんだかこれを読んで、私もタオ島時代お世話になったタイ人スタッフのことを思い出しました。本当にいい人たちばっかりなんですよねぇ。

200人もの人の名前だけじゃなくって、誕生日までなんて。私も見習わなければ!

P.S.
ランキング、ぐんぐん上がってますよ。
私が見たときは60位台でしたよ!
それに「OUT」がすごく多いです!
ブログタイトルと紹介文に惹かれてアクセスしてきている方々がたくさんということです!
Posted by Miki at 2006年03月11日 22:22
Miki様

全く、お恥ずかしい限りです。
大の男が人前で、しかも大勢の女性の前で、泣き腫らしたというのは、
ちょっと、今になっても、消せるものなら消してしまいたい記憶です。
(ああー、恥ずかし、、、)

ところで、「OUT」というのは、要するに、
直接アクセスしてきたポイントで、
「IN」というのは、ブログ村のランキングリストから、
アクセスしたポイントということなのですね。
よくわかりました。
連続して、コメントいただきまして本当にありがとうございます。押忍。
Posted by タイフリーク at 2006年03月12日 00:09
今仕事中desu・・。
涙が止まりません・・。
こらえると肩が震えます。
声がでそうdesu・・。

嗚呼・・。

Posted by プンプ〜イ at 2007年09月01日 10:08
☆親方、、、
いつの間に、、、
こんな遠い昔のところに、
お越しになられまして、、、
何とも面映い気分です、、、
近々、お逢いできますのを、、、
心から楽しみにしております、、、
嗚呼・・・
Posted by タイフリーク at 2007年09月11日 09:21
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