2009年08月03日

「10年目の告白!?」

タイはチェンマイに埋没しつつ、、、
早18年、、、

今から13年ほど前に、ランプーンにある某日系企業に日本採用の形で就職し、
3年弱で、一身上の都合により、退社。

望外な退職金を頂戴し、当時の生活費を鑑みて、
4、5年は、働かなくても暮らしていけると踏みました。


短期間のタイ式の出家を試み、還俗した後、家人に相談して、
私立大学では最古参のチェンマイのパヤップ大学をタイ人に混じって受験。

受験科目が英語とタイ語の2教科のみで65%以上で合格との由。
英語ほぼ満点、タイ語30%ぐらい、晴れてギリギリで合格?!

1999年6月、パヤップ大学人文学科英語学部に入学し、
それからの怒涛の4年間の(イ!?)薔薇色学生生活を超満喫。。。

学部は4クラスあり、クラス1のクラスメートは40名ほどで、男はたったの4人。
他はムンムンとうら若き乙女のむせ返る様な甘酸っぱい匂いにただただ黙想。



忘れもしない、初めての英語の授業での、各自順次、自己紹介。
この老けた異邦人に対する、皆の好奇の視線が痛いほどに熱い、、、



「Hi,,,My name is Fumiou Hiroyama,,,」(心臓が飛び出しそう・・・)
「I’m from Japan,,,」(場の雰囲気がちょっと高揚する・・・)

「I’m,,,Ah~~~嗚呼。。。」(年齢をどう云おう、、、云わなくてもいいかな???)
この時、18歳の若人に混じって、彼女らの親の世代の37歳???

云わずもがななのに、つい茶目っ気たっぷりに、ちょうど1周り12年サバをよんで、
「Ah~~~嗚呼〜、I’m 25 years old,,,」(嗚呼、許して、うそです、冗談です)

すぐに、笑って前言を撤回し、言い直そうとした刹那、、、
何故か、スンナリ、何の異論!?もなく、そのまま通ってしまった。

驚いたのは、それを口にしたまさに張本人です。
<どうしよう、マジに固まってしまいました・・・>

よくよく観察すれば、日本の中高生ぐらいにしか見えない乙女たちにとっては、
ワスがふかした25歳でも、かなり有り得ないおっちゃんであったようだ。

爾来、、、素直で天真爛漫な乙女たちが、18,19,20,21歳と、、、
徐々に色気を増して蛹から蝶へと成長していく最中、、、

ワスの学生生活の年齢も、最初の日からそのまま指折り数え、
26歳、27歳、28歳、29歳と老けていくことになるのです。


タイの大学では、やたら宿題が多く、単独で提出するとのとは別に、
2人、3人、6人、12人単位でのグループレポートが多々あった。

どうしても、彼女らとのお付き合いも、放課後も含めて、
より、新密度を増していくことになります。

彼女らが無造作に親しみを込めて腕を絡めてこられる度に、
無垢な!?おっちゃんとしては、ただただ、嗚呼、、、と呟くだけでした。

大学をキッチリと4年で卒業した後も、彼女らとの交友は続き、
30歳の誕生日を祝ってもらったり、どうにも後に引けなくなっていきます。


周りの人を揶揄したり、蔑ろにしているわけでは決してなく、
ただただオリエンテーションで25歳と自己紹介したその日からの延長に過ぎません。

その名残が今でも続き、親しいお仲間の皆さんほど、冗談と愛嬌を込めて、
今年はあれから10年目、、、35歳!?と嘯いている次第です。

ただ、そろそろ、そうしたジョークもやめて、嘘偽りで飾ることなく、
これからは、本当の自分自身を正直に曝け出していこうと考えを改めました。


タイフリーク
(タイマニア:タイが好きでタイに狂った男)

身体能力!?は、36歳・・・
熱い気持ちは、24歳・・・
オツム&ハートは、天然で12歳・・・


その実態は、、、

2009年、丑年、年男、48歳、、、嗚呼・・・


何を今更の感もありますが、、、
目標は、何度も大法螺をかましておりますように、、、

「人生元気に120年」

残り、72年???これからもヤマありタニありで、
人生の波に呑まれ、溺れ、揉まれ、見えない向島まで泳ぎ切っていきます。

身近で、遠くで、接する、親愛なる皆々様方、どうぞ呆れ返ることなく、
これまでと変わらずのお付き合いの程、宜しくお願い申し上げます!!!





合掌。。。


TF:廣山文美王拝


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