2012年09月28日

嗚呼、哀車フロント硝子復活の日!?



当時、心的苦痛と慢性的な睡眠不足で、
4月初旬、自分の完全な不注意から、
哀車がガードレールにぶつかって大破。


ほとんど原型を留めていない状態で、
警察官である義理の兄さんの協力で、3ヶ月の時間をかけて、
中古の部品を取り寄せながら、最安値で修理にかかってくれた。


7月に入って、奇跡的に、一ヶ所の修復を除いて、
哀車がスムーズに走り始める???


スカス、事故の際の強烈な名残りを押し留める様に、
予算的なこともあり、フロントガラスが罅割れ状態で、
そこだけは修理できないまま、時間だけが過ぎていった。


P1040736.JPG



ただ、事故をする前より、すこぶる走りが快調で、
気が付けば、さらに3ヶ月を要し、
9月の後半にさしかかろうとしている。


その間、一番困ったのは、大事なお客様等を、
この今にも泣きそうな哀車カローラで、
チェンマイ空港にに何度もお迎えにあがる不始末・・・


恥ずかしながら、皆、一様に、驚きながら、
<大丈夫なの〜〜〜?〜>
って、この罅割れたフロントガラスを注視する。


時間の経緯と共に、心なしか、その罅割れの線が、
少しずつ、前面から左端っこに伸びているような気もした。


ワス個人としては、どこまでこの罅割れ状態が、
日々??、耐えていけるのか試してみたい衝動と闘いながら、
大事なお客様の困惑を解消するがためにも、ついに重い腰をあげた。


実際に、あれだけ、迷いに迷い、躊躇に躊躇を重ねていたが、
いざ、修理にかかると、一瞬で、綺麗に、
フロントガラスが見事に再生された。


あたりまえだけど、そこから観える風景も一新される。

P1040950.JPG


哀車カローラの走行距離は、35万キロを超えて、
暫く、ブランクはあったけど、
いつしか40万キロの大台にに到達しようとしている。



ワスの人生、一期一会、120年か!?

哀車カローラの走行距離が、120万キロか?!


またまた二人の(一人と一台)、
新しいデス(=ライフ)マッチが始まっていく。。。



嗚呼・・・

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