2012年02月06日

「嗚呼、まちぶせ」娘のタイ大学受験!?



娘が1月に入ってすぐに、
4泊5日でバンコクに出向き、
第一志望の大学受験が無事に終了した。


結果発表は、2月10日
(奇しくも妹の誕生日=妹と娘は顔がソックリ)


娘が中学に入ってから絵画に興味を覚え始め、
中学から高校にあがる頃より、
担当の先生から、娘の絵の才能をのばしてあげて下さいと打診された。

<絵・・・>か。。。

(将来、成功する見込みもないし、お金にならないし、
何より、絵を描くのに、逆にお金がメッチャかかる。。。)


まあ、娘のやる気を見込んで、趣味の範疇でという条件で、
スーパーハイウェイ沿いにある高名な絵の先生の塾に通うことになる。

高校1年、2年と、運動では、バスケットの練習に打ち込んで、
選手として、チェンマイでは、そこそこいい成績を残していたようだ。

ソステ、、、高校最終年、3年に上がる頃より、
将来に向けて、大学受験の相談に明け暮れる。

ワスとしては、
できれば地元のチェンマイの大学に進学してくれることを、
何より望んでいた。

授業料も生活費も安いし、何より安心でいられる。



スカス、、、



娘は、チェンマイを出て、親から離れて遠くに行くことを強く願い、
志望大学は、自分で勝手に決めてしまっていた。


バンコクにあるタイの芸術分野では最高峰の
「国立シラパコーン(芸術)大学」


ワスとしては、いろいろと葛藤がありながら、
「三断ち」と称して、娘の希望が叶うように、
陰ながら、娘を応援していたつもりだった。


昨年の8月、とりあえず、
遠くフアヒンにある全寮制の某大学に合格した。

家人は、かなり喜んで、
娘もその大学のオリエンテーションに参加し、
半分以上は、そこに入学する腹づもりでもいたらしい。

ただ芸術分野での勉強の夢も育み続け、
休まず、絵画の塾にますます打ち込むようにもなった。


月曜日から土曜日まで、毎日16時〜21時。
時には、集中特訓と称して、
学校での2泊や3泊の連続の合宿も1度や2度ではない。


その間、これまでほとんど娘にかまってやれなかった罪滅ぼしとして、
夜の娘の送り迎えをしたが、
そのために相当な時間を費やされた。

夜の9時前になると、
仕事場から、あるいは、ほろ酔いかげんの出先から、
時にはお客さんをホッポリ投げて、娘を迎えに行ったりもした。


いつも娘は完全脱力状態で憔悴している。
髪は真っ白に埃まみれで、
服や体にに絵の具いっぱいこびりついている。


それぐらい一生懸命に絵に打ち込んでいる証なのだろう。



103歳で亡くなった祖父が、美術の先生で、
地元では有名な彫刻や絵画の作品を残していた。
娘の曽祖父であり、どこかで才能が隔世遺伝したのかもしれない。


絵などの芸術的分野で成功するのは、ほんの一握りで、
お金にならないから、そんな勉強をやめさせた方がいいよ、、、
と、大勢の信頼できる方からアドバイスを受けている。

ワスも正直云えば、そう思っている。


大学受験。。。


ワス自身にも、ほろ苦くて痛い想い出が、
ずっと胸の奥に燻っている。


心に秘めた志望大学があり、
当時の国公立大学用共通一次試験を、
高3の18の年から24の年まで、何と7回も受験している。

(こんなド阿呆は他にいないでしょう)


現役の時は、本番の試験でとんでもないミスをやらかして、
早々に散ってしまったのも束の間、

広島から上京して、
渋谷の読売新聞の奨学生として住み込みで働き、
仕事をしながら、予備校通い、、、

結局それも成就せず、
その後は、転々と職を変え、堕ちていく。


笑ってしまうのが、都会でドンドン夜の世界に溺れながら、
受験のシーズンになると、思い出したように、
まずは、共通一次試験に申し込みをして、その都度玉砕。


試験の点数は、確実に前年よりも下回っているのだから、
もっと早く、どこかで、自分の行き方を変えられなかったかと、
時に、痛みと共に思い出してくる。


ですから、大学受験の合否はともかく、
それに賭ける思い入れだけは、
誰よりも深く、熱く、理解しているつもりである。


翻って、我が娘が大学受験に臨む年齢に達して、
何とも感慨無量の趣きがあり、
できれば、娘の志望大学は、深く尊重してやりたい。


スカス、、、

合否は時の運でもあり、努力が報われない時もあるでしょう。
それが挫折ともなり覚醒ともなり、新たな人生の道標として、
それはそれで、貴重な体験になるとも信じている。


<娘は、やるだけは、やった。。。
ベストは尽くした。
それで、ダメだったら仕方がない・・・>


娘は、受験のためにバンコクに発つ前に、
仏壇にあるひいおじいちゃんの写真に、
何度も、お祈りを捧げていた。


その姿を観た時、
何とか、娘の想いだけは、成就させてやりたいと心から願った。
天国のおじいちゃんも同じ想いであろう。


スカス、親である自分が情けないかな、
表面上は理解を示しながら、
娘の才能や努力を信じてやらなかった。


ソステ、2月1日、、、

チェンマイの某ぐでんぐでん(2号店)で飲んでいると、
家人からの電話。。。青天の霹靂。。。


何と、正式な発表の前に、
内々で、通達があり、
娘が目指していたその志望校に無事合格したとの由。


タイ全土から僅かに合格者45名の枠の中に、
第25番目で合格したらしい。


<嬉しさから、驚きからか、全身の力が抜けた・・・>

娘の面影が浮かぶ、、、

103.jpg



「・・・好奇心、プライド、友情、初恋、嫉妬、ピュア、青春・・・」


いろいろなキーワードの言霊が、チクリチクリと胸を刺し、
心は自分の大学受験時にワープして、
そこはかとない痛みとかけがえのない喜びが交錯する。

2、3日おいて、急激に、また嬉しさがこみ上げてくる。

親バカ丸出しで、娘の高校になってからの写真に魅入りながら、
深い深い思い入れがある「まちぶせ」のメロディーに乗せて、
娘のプチアルバムをYouTubeにアップ。

また、よろしかったらご覧下さいませ。





「嗚呼、まちぶせ」




十代も後半になって、幼さと妖しさを同居させながら、
確実に大人の階段を上っていく娘を、
どこか遠くから眺めることしかできない男親の傷心と焦心。

「シラパコーン大学芸術学部絵画学科」

娘キャンディーは、
来月から生まれ育ったチェンマイを離れ、
バンコクに暮らすことになります。



嗚呼・・・