2011年08月08日

「嗚呼『15歳の志願兵』」




8月6日 「広島平和記念日」


原爆が投下された午前8時15分
タイ時間で、午前6時15分
日本の方角に向かって、1分間の黙祷


広島で、高齢で独り住む母親に、国際電話


毎年、毎年、自分の中では厳かな儀式のように、
哀しいかな、切ないかな、、、
日本人であり、広島県人であることを自覚する。


NHKワールドで、昨年のこの時期放映された
「15歳の志願兵」を観るとはなしに観る。


当時、愛知一中で実際にあった話を元に構成された作品。



戦争物は、当事者でない自分たちがどうしても相容れない
後ろめたいような気持ちが先立ち、
どこか自ずと敬遠してしまいがちになる。




戦況が抜き差しならない太平洋戦争末期、、、

年少の少年志願兵を集いながら、
家族、親と子、先生と生徒、友達、社会との関わり
己の意思に反して、大きな濁流に飲み込まれていく。

すべての価値観がひっくり返ってしまうような極限状態の中で、
おそらく、戦争当時、声にならない真実の叫びに比して、
心に深く刻まれるような切ない言霊があった。


「全ての夢を捨てます」

「僕が行かなければ、学校でお父さんが非国民になってしまうだろう」

「遅かれ早かれ、僕らはこうなるために生まれてきたのです」


人生50年が、人生25年とされ、
人生20年、人生18年と覚悟を決め、
最後は、人生15年を諾々として噛み締める。


誰も間違っていないんだろうと思う。
ただ、いろいろな矛盾に満ちた理不尽さを、
そのまま受け止めて散っていった若者たち。


主人公の友がその身を日本国に捧げると決意しながら、
血涙にも似た想いで出征前に綴った日記。


識字に乏しい友の母の代わりにそれを声を出して読みながら、
全身で涙に咽ぶ十五歳の少年と母親の姿に、
心が張り裂けそうなぐらいの時代の重さを感じずにいられなかった。


母親が最後涙ながらに
「私に学問があれば・・・」と問い質す折、


いみじくも、主人公の口をついて出た


「学問がなかったのはこの国です・・・」


この深き重き言葉に、すべてが集約されています。




後1週間で、戦後66年を迎えます。
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