2011年03月30日

「THAI FOR JAPAN」by バード=トンチャイ

3月11日、、、

日本を襲った東北関東大震災による地震と津波の影響で、
大被害に遭遇した多くの日本に被災者に向けて、
世界中から、物質的、精神的援助があります。


こちらタイでも、日本に対して、ことのほか関心が高く、
政府レベルで、また民間レベルでも、
草の根的な援助活動が続いています。


一方で、、、
日本でもお馴染みのタイの国民的スーパースター、
バードが、日本を応援する歌を贈ってくれています。



バードの沁み入る歌声と心に響く歌詞。。。
そして、多くのタイの方々の応援メッセージ。。。


THAI FOR JAPAN








嗚呼・・・沁みます。。。

2011年03月18日

『東北関東大震災チャリティーイベント@チェンマイ』



3月11日、日本を襲った大地震と津波の影響で、
1週間経った今でも、数多くの被災者の皆さんも、
不安と不自由な生活を余儀なくされています。


日本を直撃した未曾有の天災が、様々な方面に影響を及ぼし、
少しずつ回復の兆しを見せ始めていた日本の経済も、
屋台骨を揺るがす大打撃を受けました。


また、被災地の東北地方は、一部壊滅状態で、
全く、復旧の見通しが立っていません。


そういう背景を受けて、世界各国からの支援が募り、
こちらタイでも、災害を受けた被災地や被災民に、
多くの義捐金が集まっています。



そこで、、、こちらチェンマイでも、
3月19日(今週土曜日)18時より、
『東北関東大震災チャリティーイベント』が開催されます。



たこ焼き、焼きそば、イカ焼き、焼きとうもろこし、ラーメン、からあげ、
カレーライス、ケーキ、アイスクリーム等の出店のほか、金魚すくい、ヨーヨーつり、
スーパーボールすくい、お面、手相占い、洋服店等のお店も出店予定です。


また、日本人・タイ人アーティストによるライブ、
著名人、有名店から寄付を受けてのオークションも催されます。


受付では募金箱も設置されますのでご協力をお願い申し上げます。
集まった募金箱への寄付、オークションでの収益、および各露店での売上の一部は、
在チェンマイ日本国総領事館を通じて、日本赤十字社宛に寄付されます。



ご家族、お友達お誘いの上、ぜひお越しくださいませ。




【開催日時】 3月19日(土) 午後6時〜 
(各露店は順次5時頃から開店) 場所:Jing Jai Market Chiang Mai
(MAP:http://www.jjchiangmai.com/en_jjmarket_map.php)


お濠北東の角から北上、ロータスに入る交差点手前左手。 
パブ「フアランポーン」裏手 車でお越しの方は入り口で、
日本のイベントに参加旨お伝えください。



*雨天決行 お問合せ 086-656-1899


2011年03月17日

「あなたたちは一人じゃない」


3 月 11 日午後 2時過ぎ、
M 9.0 を記録する未曾有の大地震が東北地方太平洋沖で発生し、
停電や火災、津波などの被害が拡大しています。


遠くチェンマイから故国に想いを馳せる時、
いてもたってもいられない無力感と何にもできないもどかしさで、
ただただ、鬱々と時間の流れるままにまかせていました。


地震で倒壊した家屋の瓦礫の下敷きになり、大津波に呑み込まれ、
いまだ、行方不明の方の捜索も続く中、停電や氷点下の雪、
何十万人という避難生活を余儀なくされている方々を想う時、、、


どうしていいのか、胸が張り裂けそうになります。




そんな折、断酒にあたって渾身のアドバイスを頂いていた、
K同志からメールを頂戴し、一つのビデオをご紹介されました。


ある小学校の教師の方が、
子供たちに希望を伝えたいと作成されたもので、

被災で塗炭の苦しみに喘いでられる多くの方々に、
世界中からのエールが日本中にあふれるのを感じ、
大きな熱き励ましのメッセージになっています。



やさしさとぬくもりが、細胞にそのまま沁み入るように、
一瞬にして、あたたかい想いに包まれ、
そのまま涙となって昇華しました。


音楽と言葉の力・・・


何て、何て、スゴイのでしょう。

「あなたたちは一人じゃない」


Pray for Japan・・・
「日本のために祈る」



世界中から届けられた応援のメッセージが、
少しでも被災者の方々の心を温められたら、、、
と、作者の方の熱い想いが伝わってきます。







一人でも多くの方に観てもらいたいです。

2011年03月16日

「東北関東大震災」に関わるタイ人とのコミュニケーション!?

「仏暦2554年、仙台地震と津波」


2011年、3月11日、日本時間、14:46に三陸沖で勃発した、
日本名、「東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)」は、
暫定値ながら、M9.0の超ド級の海溝型地震であり、

その直後に襲った大津波の影響で、
夥しいまでのさらなる多数の死傷者を出しています。
このような痛ましい天災はありません。

さて、このニュースは世界を駆け巡り、ここタイのメディアでは、
地震を襲った代表する地域として仙台を取り上げ、

{แผ่นดินไหวและคลื่นสึนามิในเซ็นได พ.ศ. 2554}
<ペンディンワイ・レ・クルーン・スナーミ・ナイ・センダイ・
ポー・ソー・ソーン(グ)・パン・ハー・ローイ・ハー・シッ(プ)・シー>

と命名しています。

<ペンディンワイ>「地震、、、」
<レ>「と、そして、、、」
<クルーン・スナーミ>「津波、、、」
<ナイ>「〜内、〜における、、、」
<センダイ>「仙台、、、」
<ポー・ソー>「タイ仏暦、、、」
<ソーン(グ)・パン・ハー・ローイ・ハー・シッ(プ)・シー>「2554(年)、、、」

つまり、直訳すれば、、、
「仏暦2554年仙台(エリア)における地震と津波」
になります。。。

ここタイでも、信じられないようなオゾマシイ映像が、
これでもか、これでもかと、繰り返し映し出されています。

それを観た多くの一般タイ人方々からも、多くの同情とお悔やみが寄せられ、
さらには、いろいろな質問を浴びせられ、
日本の地震と津波に対する大いなる関心事の表れに相違ありません。


そうした背景を踏まえて、タイ人社会との関わりの中で、
「東北関東大震災」における一般タイ人から質問されるであろう内容を吟味して、
こちらで、よく見聞きする言葉、会話を、急ぎ、ご紹介します。

至らない点も多々ありますが、ご参照になられて下さいませ。



1.{ครอบครัวและญาติพี่น้อง・・・ 
・・・เป็นอย่างไงบ้าง
・・・โอเตไหม }
<クロー(プ)クルア・レ・ヤー(ト)・ピー・ノーン(グ)・
・・・ペン・ヤーン(グ)・(ン)ガイ・バーン(グ)!?>
・・・オーケー・マイ?!>
=「ご家族や親類の皆さんは、どうですか(大丈夫ですか)!?」


{โอเต K}<オーケー・K>=「オーケーです」
{ไม่เป็นไร K}<マイ・ペン・ライ・K>=「大丈夫です」

(もし、多大な被害に遭われていたら、またいろいろな表現があるでしょうが、
口語的な、<オーケー>や、<マイペンライ>が、通じやすいです。)



2.{คนเสียชีวิตมีเยอะไหม}
<コン・シア・チーウィッ(ト)・ミー・ヨォッ・マイ!?>
=「死者は、大勢ですか!?」

{เยอะแยะ K}<ヨォッ・ヨェッ・K>
{มาก ๆ K}<マー(ク)・マー(ク)・K>=「大勢です」
{มากกว่าหนึ่งหมื่นคน K}<マー(ク)・グワー・ヌン(グ)・ムーン・コン・K>
=「1万人以上です」

(実際に、「たくさん」という表現を使うと、相手に余計不安をあおりますので、
具体的な数字がわかれば、その数字をあげた方が伝わりやすいです。)



3.{แผ่นดินไหวรุนแรงไหม}
<ペンディンワイ・ルンレーン(グ)・マイ!?>
=「地震はすごかったですか!?」

{รุนแรงมาก K}<ルンレーン(グ)・マーク・K>=「大変、激しかったです」

(<ルンレーン(グ)>は、かなり激しく強烈な修飾語です。)



4.{บ้านสะเทือนไหม}
<バーン・サトゥアン・マイ!?>
=「家は揺れましたか!?」

{สะเทือนนิดหน่อย K}<サトゥアン・ニッ(ト)・ノイ・K>=「少し揺れました」
{สะเทือนมาก K}<サトゥアン・マー(ク)・K>=「かなり揺れました」

(感覚的な小さい揺れなら{สั่น}<サン>もありますが、
グラグラ揺れる感じであれば、{สะเทือน}<サトゥアン>が適切です。)



5.{สึนามิหยุดไปหรือยัง}
<スナーミ・ユッ(ト)・パイ・ルー・ヤン(グ)!?>
「津波はおさまりましたか!?」

{หยุดไปแล้ว K}<ユッ(ト)・パイ・レウ・K>=「おさまりました」
{ยัง K}<ヤン(グ)・K>=「まだです」

(タイでは、以前、プーケットで津波の恐ろしさを肌で感じていることもあり、
ローカルのニュースでも、度々、大波が、家屋を押し倒す映像を流しています。
ちなみに、<ツ>は、タイ語の発音にないので、<スナーミ>のように表記されます。)



6.{ได้ข่าวว่าจะเกิดแผ่นดินไหวอีกไหม}
<ダイ・カーウ・ワー・ヂャ・カゥ〜(ト)・ペンディンワイ・イー(ク)・マイ!?>
=「ニュースで聞きましたが、まだ地震が起きますか!?」

{ไม่แน่ใจ K}<マイ・ネー・ヂャイ・K>=「はっきりしません」
{คงจะมี K}<コン(グ)・ヂャ・ミー・K>=「きっとあるでしょう」
{อาจจะมี K}<アー(ト)・ヂャ・ミー・K>=「たぶんあるでしょう」
{คงจะมีบ่อย ๆ K}<コン(グ)・ヂャ・ミー・ボイ・ボイ・K>=「かなり頻繁にあるでしょう」

(タイでは、日常的に、あまり地震に接することがないので、
その真の恐怖はわかりづらいでしょうが、
こちらのニュースでも、日本で、何度も余震があることを伝えています。)

7.{จากศูนย์กลางที่เกิดขึ้นถึงโตเกียวระยะทางเท่าไร}
<ヂャー(ク)・スーン・クラーン(グ)・ティー・カゥ〜(ト)・クン・
トゥン(グ)・トーギヤウ・ラヤ・ターン(グ)・タオライ!?>
=「震源地から東京までどのぐらいの距離ですか!?」

{ประมาณ สามร้อยห้าสิบ กิโลเมตร K}
<プラマーン・サーム・ローイ・ハー・シッ(プ)・ギロー・メッ(ト)・K>
=「だいたい350kmsぐらいです」

(一般タイ人が把握して知っている日本の地名は、ごく限られていて、
震源地が、日本の中心地首都である東京との距離感を知りたがっています。)



8.{ได้ยินว่า รัฐบาลไทยส่งความช่วยเหลือให้ทางญี่ปุ่น
ขอบคุณมาก K}
<ダイ・ジン・ワー・ラッ(ト)タバーン・タイ・ソン(グ)・クワームチュアイルア・
ハイ・ターン(グ)イープン、
コー(プ)・クン・マー(ク)・K>
=「タイ政府が日本に援助を送ってくれたと聞きました。
どうもありがとうございます」


(事実、タイサイドにおいて、過去に日本がタイを援助してきたお返しとし、
最大限の援助をいちはやく表明して、施してくれています。
例文では、物資、金銭、薬、器具全般を、「援助」の言葉で代用しています。)



※<K>は、末尾につける丁寧語であり、
男性は<クラッ(プ)>、女性は<カ>の略で、省略してもかまいません。


「参考単語」
*{แผ่นดินไหว}「地震」=<ペンディンワイ>
*{(คลื่น)สึนามิ}「津波」=<(クルーン・)スナーミ>
*{สะเทือน}「揺れる」=<サトゥアン>
*{อิทธิพล}「影響」=<イッ(ト)ティポン>
*{ล้ม}「(物などが)倒れる」=<ロム>
*{พังลง}「(家やビルなどが)倒壊する」=<パン(グ)・ロン(グ)>
*{คนเสียชีวิต}「死者」=<コン・シア・チーウィッ(ト)>
*{คนศูนย์หาย}「行方不明者」=<コン・スーン・ハーイ>
*{โรงไฟฟ้านิวเคลียร์ฟุกุชิมะ}「福島原子力発電所」
=<ローン(グ)・ファイ・ファー・ニウクリア・フグチマ>
*{ระเบิด}「爆発する」=<ラバゥ〜(ト)>
*{(กัมมันต)รังสี / (จากนิวเคลียร์)}「放射能」
=<(ガムマンタ・)ランシー/(・ヂャー(ク)・ニウクリア)>
*{รั่ว}「漏れる」=<ルア>
*{กระจาย}「拡散する、伝播する」=<グラヂャーイ>




此度の「東北関東大震災」で被害に遭われ、
命を落とされた多くの方々のご冥福を、
心よりお祈り申し上げます。

2011年03月14日

「三断ちの果てに。。。!?」



2011年、3月11日、、、



日本を襲った、東北関東大震災とそれに伴う津波などの影響で、
未曾有の大混乱に陥っています。


まだ被害状況の全容が解明されないまま、、、
ただただ心の痛みや無力感が募るばかりです。。。



さて、、、
今日、3月14日、、、
娘キャンディーの満17歳の誕生日。。。


これまで、やんごとなき事情から、3月末までに、
自分の生活に密着する、好きなもの、大事なものを、
1年の限定の期間ながら、併せて3つ断つことを考えていました。

この辺の背景を語ると長くなるのですが、
いずれにしても、自分でもその断つべき3つが何であるのか、
この1ヶ月、暗中模索でいたのも事実です。


1. 2月14日に始めた「断酒」も今日で1ヶ月(正確には28日目)。
2. 3月1日に始めた「断珈琲」は今日で2週間。
3. ???



大好きなお酒とコーヒーを断ったことで、当初から、体が変調をきたし、
あろうことか、精神的にも鬱状態に似たネガティブな想いに包まれ、
ストレスばかりがたまり、何にもいいことがありませんでした。

それによって、世間との関わりの中で、
これまでの周りの社会的人間関係にも支障をきたし、

そんな馬鹿げたことは、即刻やめるべきではあるのですが、
事は、そう簡単には、収まりがつきません。


そのうえ、まるでご神託に似たその三断ちの、
三番目を決定するのに、悩みに悩みました。


自分にとって、好きなものがあまりに多すぎるので、
どれが、一番、大切なものか!?と、自身に問いかけてみても、
正確な答えが全く出ないんです。


仕事、家族、仲間、、、といったことの対象は、論外ですが、
そういうことまで含めて考えると、
正直暗澹たる気持ちに襲われます。


他に、生活に密着している好きなこと&大事なことといえば、
ゴルフ、映画、読書、マッサージ、朝の散歩、ヨガに始まって、
ネット、ブログ、、、

あるいは、、、
○、○○○○○、○○○。。。などなど・・・
ちょっと秘密めいた伏字のいくつかも出てきます。



自分の価値観で云えば、勝手に決めたことにできるのでしょうが、
客観的に考えてみると、
実際には、もう一つが、どうしても選べないでいました。



そんな時に起きた、突然の日本での大惨事。。。



1000年に一度と云われる、マグニチュード9.0の大地震と津波。。。
ニュースの映像で繰り返し映し出されるこの世の地獄絵巻。。。



一寸先は光。。。

同時に・・・

一寸先は闇。。。



自然の猛威の前では、人間の活動など、
泡(あぶく)のような喪失感と無常観を味わいました。

まして、太古から連綿と続く人の営み自体、
宇宙的規模からみれば、
何と小さな小さな取るに足らない出来事であることか。。。


逆に云えば、、、

ちょっとしたことで、ああでもないこうでもないと、
くよくよ悩み考えるよりは、

今、自分にできることを精一杯、一生懸命にやることが、
生きること、活きることに、繋がるのであろうと念じます。

悲観的な見地から、決して諦念の境地などではないのですが、
人間の力の遠く及ばない、見えざる何か大きな存在があって、
人間は、決して、その運命に逆らえないのだとも云えるでしょうか。



一寸先は闇。。。

同時に・・・

一寸先は光。。。


自分独りで勝手に騒ぎながら、
これまで「三断ち」などとほざいておりましたが、、、
なんか、どうでもよくなってきました。

もう、なるようになれです。。。

哀しみが凍りつくような
日本の甚大な被害に直面している状況を慮れば、
自身のプライベートな案件など、全く、取るに足らないことでした。


まあ、どこまで、できるかわからないけれど、
決して自分に都合のいい言い訳ではなく、


自分の意思の及ぶ範囲で、今、断てるべきものは断ち、
断てないものは、断たないでいて、

必要なことは、もっと大らかな気持ちで、勝手に決め付けないで、
気楽にやっていこうと想いを一新しました。



当初、娘の大学受験の願掛けから派生したことでしたが、
今もずっと、家人に代わって、
娘の塾の送り迎えを欠かさず続けています。

これだけは、今日の娘の誕生日に決意を新たに、
1年間、頑張り通したいです。


いつも実行できずに、約束のお題目のようになっていますが、、、
結局、自分の中での動かざる真理は、、、


「健康で、元気で、中庸が一番。。。」



三断ちの方は、二断ち半!?ぐらいの気持ちで、
どこまでできるか、臨機応変にトライしたいです。


嗚呼・・・




最後に、、、


東北太平洋沖(東日本)大地震あるいは東北関東大震災。。。
まだ、被害者の全容が定かではないのですが、
この天災で亡くなられた多くの方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。









2011年03月02日

「嗚呼、脱珈琲宣言!?」



二月がアッという間に過ぎて、三月に入り、
どこか、気持ちのうえでも、妙に浮ついていて、
何故か、心も体も、シャキっとしません。


最近、己の健康管理、あるいは体調について、
暫し、考え、反省する時間も増えてきました。

オチャケも大好きなくせに、一方では生来の甘党で、
とりわけ、甘い、甘〜い、珈琲を、毎日、好んで飲みます。
あえて言えば、一種の珈琲中毒かもしれません。



まずは、朝、まだ暗いうちから、
家人が、ワス好みの超マイルド!?な珈琲を出してくれて、
それをイッキ飲み・・・


会社に向かうまでに、
これまた車の運転中にいつでも飲めるように、
プラスチックボトルに入った超甘〜い珈琲。。。


会社に着けば、イの一番に、
Pさんが家人から聞いているのか、
ワス好みの超甘の珈琲をサービスしてくれる。


工場に居る間、珈琲がなくなれば、
彼女がその都度、熱い珈琲を何度も入れ直してくれる。


うちに帰って、夜、横になるまでに、
家人が、これまた何度も、珈琲を出してくれる。



こうしてワスは、出されるままに、一日何杯何杯も、
甘い珈琲を飲み続けている勘定になります。



振り返ってみれば、、、



十代の頃に長期断食を経験し、
その後の復食期間に失敗!?して、甘い味覚がベチョ〜と染み付き、
それまでの嗜好が180度変換して、大の甘党に変身。



以降、タイで暮らすようになっても、この10年、20年、、、
ずっと糖分の多量摂取など一切気にせず、
甘いものを好んで口に入れる習慣を繰り返してきました。


かといって、珈琲をブラックで飲めるかと云うと、
まるで苦い漢方薬のようで、どうにも馴染めず、


結局、ミルクたっぷり、砂糖を大匙3〜5杯も入れた甘い珈琲が、
どう考えても、体にいいわけはありません。



なかなか大上段に構えて、有言実行の気迫も希薄なのですが、
あえて自分自身を叱咤激励するがごとく、、、
あるいは、崖っぷちに追い込むがごとく、、、


2011年2月28日、真夜中、唐突に決心しました。
3月1日より、無期限で、珈琲飲料を断ちます。


一種の珈琲依存症でもあったので、
暫く、ちょっとした反動やマヒ症状が出るのやもしれませんが、、、
(事実、僅か一日だけですが、倦怠感と眠気に蝕まれています。。。)


どこまで、実行できるかどうか、正直、自信もないのですが、
また、それによって、
自分の肉体や健康にもどういう影響があるのかわかりませんが、、、


あえて、有言実行を高らかに宣言し、
脱珈琲、断珈琲にチャレンジしたいです。


<XXX様・・・
極端から極端へ走る、こんなおバカな自分を、
どうか、あたたかく、そっとお見守り下さいませ。。。>



嗚呼・・・