2009年08月19日

娘とのコミュニケーション!?


娘キャンディーもM4となり、
日本の学年で照らし合わせれば、
花の高校1年生ということになる。

ここ、2、3年、ほとんど会話らしい会話もなく、
まるっきりすれ違いの生活が続いていた。

スカス、、、ここ最近になって、、、

夜遅く帰っても、「オトーサン、オカエリナサイ」、
朝も「オトーサン、オハヨーゴザイマス」などときちんと挨拶を交わし、
急にワスに笑顔で話しかけてくるようになってきた。

慣れないことでドギマギする半面、非常に嬉しくもある。

ここで、あえて断りを入れれば、
よく娘は片言の日本語でも話せるものと誤解されがちですが、
ほとんど、というか全く日本語はわからないでいる。

極めて最低限度の決まり文句の日本語の語彙のみで、
例えば、朝昼晩の挨拶言葉、オヤスミナサイ、オトーサン、オカーサン、、、
さらには、アリガトウゴザイマス、スミマセン、ゴメンナサイぐらい。

後は、せいぜい、食前、食後に半ば強制的に発する必要がある、
イタダキマス、ゴチソウサマデシタの類のみ、、、
(これを云わないと、ご飯を食べさせないようにしているので・・・)

そんな娘が、高校1年生に進級するようになって、
第二外国語で日本語を選択したようだ。

当初は嬉々として、日本語の勉強に励んでいたようであるけれど、
暫くして、すっかり意気消沈し、元気がない、、、

日本語をチョイスしているクラスメートが30人ぐらいいる中で、
娘が、一番、日本語の成績が悪いらしく、
「父親が日本人なのにどうして、、、!?」
と友達によくからかわれているようだ。。。

それを聞いて、どうにも切ない気持ちに駆られはしたけれど、
何とも如何ともしがたい、、、

挙句の果てには、放課後、YMCAかどこかで、
日本語の特別クラスを取りたいとも言い出す始末、、、

穿った言い方をすれば、ワス自身、
ずっと以前に、アルバイトでタイ人相手に、
日本語を教えてきた経験が何度もある、、、

早い話が、ワス自身が、時間を割いて、
娘に教えてあげられれば、
それで済むことなのだ、、、

スカス、、、肝心の自分の子供に対しては、
これまでその日本語の教授を一切してきてこなかった、、、


振り返れば、ひょんなことから、
一昨年、娘の映画の関係で、日本は福岡や広島の土を家族で踏んだ際、
日本の町並み、文化、料理等々、並々ならぬ興味を覚えたようだ。

ワスのルーツが日本にあるように、
娘にも純然たる日本の血が半分流れており、
日本への憧れが急激にオーバーラップしてきたようなのだ。

遅ればせながら、高校1年生になって、
日本語の科目を選択したのも、
自分なりの秘めた大きなモチベーションなのかもしれない。



さて、娘とは、これまでずっと距離があいているような疎外感があったけれど、
最近では、チョクチョク、彼女の方から話しかけてくるようになった。

たいていは、何かを指してアレ・コレは、日本語で何て言うの?!ってことから、
たくさんの日本語の宿題を定期的に手伝わされる、、、

これまでだったら、ただただウザッタイだけだったのが、
親バカなもので、年頃になった娘に、話しかけられたり、
チョットかまってもらえるだけで、何だか、スゴク、嬉しかったりする。

さらには、娘によく呼び止められて、、、
新しい、流行りのタイポップスを紹介してくれる、、、
あるいは、新しい映画のおねだりだったりする。

そうしてとびっきりの笑顔で飛びつかれたりすると、
不覚にも、オトーサンは慌ててしまって、
ついついこちらの声が裏返ったりするのだ。

娘はそんなワスのリアクションすら楽しんでいるように、
いつしか表面の棘棘が取れ、言葉や態度にやさしさや丸みが出てきて、
全く別の人格が宿ったように、急に大人っぽく美しくなってきた。

以前であれば、娘との会話の糸口さえ見つからなかったけれど、
いつしか、日本語で、コミュニケーションを交わせたら、
どんなにか素晴らしいだろう、、、って微かな希望がわいてくる。

ワスも積極的に性根を入れて、
もっともっと娘との共有する時間を増やしていこうと考えや行動を改めつつ。
これまでの失われてきた家族とのコミュニケーションの時間を取り戻したい。

それは、自分自身への家族に接する心的態度や問いかけに他ならない、、、

娘との不器用なコミュニケーションがその一端になればいい・・・


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