2008年09月17日

「ゆめまくら!?」


「夢枕に立つ」・・・
と云う、日本語独特の言い回しがあります、、、

本来の意味合いは、、、
「夢の中に神様や仏様がでてきてあることを告げる」との事ですが、

さらには、近親や大切な人などが、夢の狭間で、
何かを示唆しているような趣もあります、、、

「夢枕(ゆめまくら)」、、、
何とも、不可思議な、また神秘的な語感を伴います、、、




まだまだケツの青臭い中学の多感な時期に、
親父が亡くなりました、、、

よくぶん殴られて、オッカナイ親父でしたが、
どこか憎めないところがあったのも事実です、、、

死因は肝臓ガンで、酒の飲み過ぎであり、
ワスも間違いなくこの遺伝子を継承しているのでしょう、、、

あんなに老け込んだ大人のようであったのに、
ワスもいつしか、そんな親父の年を大きく超えています、、、

生きている限り、
いろいろな大切な方との死に目に遭います、、、

人生の節目節目に、ヒョッコリと、死んだ親父の霊が現れて、
何かを語りかけます、そうまるで「夢枕の調べ」のように、、、

寿命と云う言葉もあり、寧ろ理不尽な死もありますが、
人は皆、どこか、守護霊に似た何かに守(護)られているのではないでしょうか、、、




もう今から15年以上も前、、、タイ語を習いながら、
この「夢枕」に相当する単語を模索したことがあります、、、

文化的背景や思想の相違から、ドンピシャな言葉は当然ないのですが、、、
おそらくは直接、辞書にも載っていない一つのフレーズを得ました、、、

<パー(プ)・ローン>
原義は、「精霊などが絵、姿、形になって具現化された状態・・・」

当時、この<パー(プ)・ローン>からイメージを膨らませて、
初めて、タイ語で詞を書き、自作のメロディーに乗せたのです、、、

そう、何かに夢中になる事で、日々の煩わしさや不安から逃れ、
過去、現在、未来、、、生きていることを実感しました、、、

死んだ親父に想いを馳せながら、
数多くの亡くなった、愛する人へのレクイエム(鎮魂歌)・・・





真昼間の事ですが、この2,3ヶ月、親父がすぐ傍らにいるのを感じます、、、
何かを云いたそうで、何かを伝えたがっているようで、、、

そんな親父に応えるように、、、久しぶりに、
<パー(プ)・ローン>の光景がまざまざと甦ってきました、、、

<苦しいことやつらいことは、ひとつこと、、、
必ず、解決策が見つかるもの・・・>

いろいろなワス自身の人生の岐路で、さりげなく、
親父が進むべき方向に手を差し伸べてくれているような気がします、、、

「死んで花実が咲くものか、、、」 
親父が諭すように語りかけます、、、

 <人生120年>、、、
{親父のところに行くには、まだ、何十年もあるよなあ・・・!?}



相変わらず、クソ暑(熱)い季節感のないチェンマイにて、、、
ふと、日本の彼岸会の時節に至り、一人、合掌します・・・

2008年09月08日

「白夜行」

白い夜、、、白夜、、、


まるで、時間が止まったような薄明かりの中、
夜明けとも、陽が沈み行く黄昏とも云えなくはない、、、

それは、希望と不安が綯い交ぜになって、
どこか宙ぶらりんな何とも物悲しいダークな調べ、、、


東野圭吾さんの「白夜行」(集英社文庫)



お気に入りの彼の作品は、かなり読み込んでいるつもりながら、
この「白夜行」だけは、まだ、手にした事がなかった、、、
片想いに似て、ずっと、読みたくて読みたくてたまらなかった。


1週間ほど前、オフィスを移ったばかりの相棒の頭領のボックスに、
このブ厚い「白夜行」が顔を覗かせていた、、、

高鳴る胸のトキメキを抑えながら、
頭領にお願いし、この1冊をお借りした、、、

日曜日、、、昼下がり、、、満を持して、、、
「白夜行」のページをめくる、、、





どこまでも原野が続くような地平線、、、

登場人物が章ごとに入れ替わり、
まるで、手品の目くらましに操られているような、、、

「一体、どこに導かれていかれるのだろう、、、」

その先が見えない不安定さも、
決して苦になるどころか、
心地良いまどろみに似た陶酔感がある、、、

数限りない、パズルのはめ絵がゴチャマゼに倒錯し、
1つの接点を結び、平面になり、立体化していく、、、

無数の小波(さざなみ)が、濁流となって、
それは、やがて一本の貫流となり、
最後は圧倒的な津波に押し潰される、、、

一人の謎に満ちた可憐な少女と一人の陰を秘めた少年、、、

二人は、まるで、太陽と闇、、、どうしても交わることができない、、、
けれど、時の流れの中で、闇は太陽を必要とするように、
太陽も闇があってこそ、輝く事ができる、、、


「白夜行」


<何て、何て、秀逸なタイトルなんだ、、、>

二人が生きていくその茨の道が、
まるで緑も樹も何もない荒野を進み行く、
「白夜行」の心象風景そのものだからだ、、、

途中、その出口の見えない「白夜行」を読む事自体が、
まさに白夜の原野をソロリソロリと歩いている錯覚に捉われ、
何度もページを伏せながら、心の涙を絞る、、、

二人の生きてきた過程は、周りの視点からのみ描かれ、
二人の心の内は、一切、明かされてこない、、、

それだけに、第三者の推測や、読む者のイメージで、
如何様にも、ミステリーの幅が広がり、
その張り巡らされた伏線と整合性に舌を巻いてしまう。

全く意図せぬままに数時間の時が流れていた、、、

854ページをイッキ読みである。

時には、嗚咽するような涙の跡に、
最後のページを置いた時に、心を深く貫かれた、
何とも切ない幕切れ、、、

解説の馳青周氏の一行目に総てが集約される、、、

「読み終えて本を閉じる。余韻にひたる暇もなく、強烈な嫉妬に襲われる」

ノワール小説の旗手であり、最高の読み手として名高い馳氏をして、
「白夜行」は、ノワールの最高傑作だと云わしめたこの大賛辞、、、

ノワールとは、元々、ミステリー小説の一分野で、
犯罪者の視点に立ったものや、
とりわけ過激な暴力やセックスシーンを盛り込んだリアルな社会的作品を指す。

ただ、この「白夜行」には、
そういった、暴力やセックスのシーンが、
如実に語られているわけでは決してない、、、

人間の底知れぬ暗部にメスを入れ、
それを淡々とした行動描写によってのみ、
逆に人の内面を抉るように浮き上がらせている、、、

天空にか細く浮かんでいる薄暗い白夜の太陽が、
かろうじて、心身を支える仄かな希望のように、、、
二人の生き様は、陰と陽、、、

切っても切れない、密接な繋がりがある、、、


<それが意図すべきことであっても、無意識ながらでも、
本来、人を愛するということは、自己犠牲に似て、
何て、何て、尊く、何て、何て、痛いんだろう、、、>


「白夜行」は、ノワールの最高傑作であると同時に、
究極の愛(哀)の小説であると、、、
強烈に心に楔を打たれました、、、





追伸1:娘の映画は無事にタイ国内での上映を終えました。
お世話になりました皆々様方、本当にありがとうございました。



追伸2:私事で、前々から考えていたことですが、唐突ながら、
暫く、不定期に大好きなオチャケを控えようと心に期しました。
「特別な時以外」は、決してアルコールを口にしないようにします。
意思が非常に弱い男であり、こうして、チョコットでも公にすることで、
少しは、その効用が活きてくるように念じます。
実際は、「完全断酒」と宣言したいところなのですが、
それもままならず、「特別な時以外、、、」と、まずは暈しておきます。